賢治が残した原稿のほとんどは未完成のままで
もしかしたらすべてがそうだと云ってもいいかもしれません。

その膨大なテキストを整理し、読み解いて
「校本」「新修校本」さらには「新校本」へと編み上げてくださった方々のおかげで
今現在私たちは賢治の作品を読み味わうことができます。

賢治の場合は非常に特殊で
亡くなる直前まで凄まじく手を入れ続けたことや
用紙の表裏を使ったり、一度は反故にしたものの裏に書いたりしていて
作品の最終形を定めるのが非常に困難だということ・・・。
その作業がどれほどの時間と労力を要したかは
私の想像を遙かに超えたものだと思います。

詩や童話を読むとき
それを思いだすたび
自然と頭を下げたい気持ちになります。

先日、その編者のお一人、入沢康夫氏の
『プリオシン海岸からの報告』(筑摩書房)という本を購入しました。
(今頃??と笑われそうなくらい必須の書籍ではなかったかと思い、
あらためて恥ずかしくなりますが)

その中に「境内」という詩のテキスト発見の経緯が書かれていました。
それは、それまでに明らかになっていた詩「(そのまっくらな巨きなものを)」と
「(みんな食事もすんだらしく)」という詩をつなぐものです。
以下引用します。
今回の、校本全集刊行に当たっての草稿再調査の間に、詩稿束の一つの中から、一枚の詩稿が出てきた。賢治が自作して使用していた罫がガリ版で刷られた詩稿用紙で、その表裏には、全面に毛筆で黒々と白秋の短歌が習字されている。ところが、よく見ると、その習字によってかなりの部分が塗り消されるような形になっているが、この紙の両面には、もと鉛筆で口語詩が記されていたことがわかる。墨の字の下になっている字は、読み取るのが仲々困難であったが、光に斜めにすかしたり、拡大鏡の助けを借りたりしながら、長時間かかってようやく読み解いてみると、そこに、これまで誰も読んだことのない四十六行の詩が現れてきたのである。



そしてもう一つ、「薤露青」という詩について。
宮沢賢治に「薤露青」という詩がある。いや、「ある」というより「あった」というべきかも知れない。「一六六」なる作品番号と、「一九二四,七,一七」の日付とを持つこの作品は、音楽用五線譜ノートからとりはずされたと覚しい一葉の紙に、いったんは硬めの芯の鉛筆を使い、きちんとした字体と字配りで書き込まれながら、のちに全面的に消しゴムで抹消されているからである。

そのようにして発見された紙片を
目を凝らして判読したものだということです。

なんということでしょうか。
このことは私には非常に感動的で
感慨深いものがあります。

この二つの詩「境内」と「薤露青」は、どちらも
賢治のその時々の状況はもちろん
心情の奥深くを伝えているものであり
宮澤賢治という人を知る上で
非常に重要な「鍵」になるといってもいいような
作品ではないかと私は思います。
しかも「薤露青」のモチーフは、「銀河鉄道の夜」へとつながるものです。

それらが実は賢治自身の手でいったんは消されていた、という理由は
そらはやはり、その詩の内容から想像するに
作者としてはあまりに生々しかったからなのでしょうか。

賢治は生前、それらが人目に触れることを
望んでいなかったのかもしれませんが
今、この二つの詩を噛みしめる時
もしかしたらそれは
時を経て
賢治がこれらの作品をプリオシンコーストから
私たちによこしてくれたということではないかと思ったりもし、
大変な苦労の末、読みやすい形にして
私たちに届けてくださった先生方にさらに深い感謝の思いを抱きます。



 境内
 

   みんなが辨当を食べてゐる間
   わたくしはこの杉の幹にかくれて
   しばらくひとり憩んでゐやう
   二里も遠くから この野原中
   くろくわだかまって見え
   千年にもなると云はれる
   林のなかの一本だ
   うす光る巻積雲に
   梢が黒く浮いてゐて
   見てゐると
   杉とわたくしとが
   空を旅してゐるやうだ
   みんなは杉のうしろの方
   山門の下や石碑に腰かけて
   割合ひっそりしてゐるのは
   いま盛んにたべてゐるのだ
   約束をしてみな辨当をもち出して
   じぶんの家の近辺を
   ふだんはあるかないやうなあちこちの田の隅まで
   仲間といっしょにまはってあるく
   ちょっと異様な気持ちだらう
   おれも飯でも握ってもってくるとよかった
   空手で来ても
   学校前の荒物店で
   パンなぞ買へると考へたのは
   第一ひどい間違ひだった
   冬は酸へずに五日や十日置けるので
   とにかく売ってゐたのだらう
   パンはありませんかと云ふと
   冬はたしかに売ったのに
   主人がまるで忘れたやうな
   ひどくけげんな顔をして
   はあ? パンすかときいてゐた
   一つの椅子に腰かけて
   朝から酒をのんでゐた
   眉の蕪雑なぢいさんが
   ぢろっとおれをふり向いた
   それから大へん親切さうに
   パンだらそこにあったっけがと
   右手の棚を何かさがすといふ風にして
   それから大へんとぼけた顔で
   ははあ食はれなぃ石(セキ)バンだと
   さう云ひながらおれを見た
   主人もすこしもくつろがず
   おれにもわらふ余裕がなかった
   あのぢいさんにあすこまで
   強い皮肉を云はせたものを
   そのまっくらな巨きなものを
   おれはどうにも動かせない
   結局おれではだめなのかなあ
   みんなはもう飯もすんだのか
   改めてまたどらをうったり手を叩いたり
   林いっぱい大へんにぎやかになった
   向ふはさっき
   みんなといっしょに入った鳥居
   しだれのやなぎや桜や水
   鳥居は明るいま夏の野原にひらいてゐる
   あゝ杉を出て社殿をのぼり
   絵馬や格子に囲まれた
   うすくらがりの板の上に
   からだを投げておれは泣きたい
   けれどもおれはそれをしてはならない
   無畏 無畏
   断じて進め




一六六
     薤露青

                  一九二四、七、一七、
 
   みをつくしの列をなつかしくうかべ
   薤露青の聖らかな空明のなかを
   たえずさびしく湧き鳴りながら
   よもすがら南十字へながれる水よ
   岸のまっくろなくるみばやしのなかでは
   いま膨大なわかちがたい夜の呼吸から
   銀の分子が析出される
    ……みをつくしの影はうつくしく水にうつり
      プリオシンコーストに反射して崩れてくる波は
      ときどきかすかな燐光をなげる……
   橋板や空がいきなりいままた明るくなるのは
   この旱天のどこからかくるいなびかりらしい
   水よわたくしの胸いっぱいの
   やり場所のないかなしさを
   はるかなマヂェランの星雲へとゞけてくれ
   そこには赤いいさり火がゆらぎ
   蝎がうす雲の上を這ふ
     ……たえず企画したえずかなしみ
       たえず窮乏をつゞけながら
       どこまでもながれて行くもの……
   この星の夜の大河の欄干はもう朽ちた
   わたくしはまた西のわづかな薄明の残りや
   うすい血紅瑪瑙をのぞみ
   しづかな鱗の呼吸をきく
     ……なつかしい夢のみをつくし……
   声のいゝ製糸場の工女たちが
   わたくしをあざけるやうに歌って行けば
   そのなかにはわたくしの亡くなった妹の声が
   たしかに二つも入ってゐる
     ……あの力いっぱいに
       細い弱いのどからうたふ女の声だ……
   杉ばやしの上がいままた明るくなるのは
   そこから月が出やうとしてゐるので
   鳥はしきりにさはいでゐる
     ……みをつくしらは夢の兵隊……
   南からまた電光がひらめけば
   さかなはアセチレンの匂をはく
   水は銀河の投影のやうに地平線までながれ
   灰いろはがねのそらの環
     ……あゝ いとしくおもふものが
       そのまゝどこへ行ってしまったかわからないことが
       なんといふいゝことだらう……
   かなしさは空明から降り
   黒い鳥の鋭く過ぎるころ
   秋の鮎のさびの模様が
   そらに白く数条わたる
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# by signaless5 | 2010-05-01 09:05 |

「新世界より」

十数年ぶりに、棚からCDを探し出して
ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」を聴きました。

音楽とは、時間も場所も超え、言葉の壁も超えた
人間の根元的なもの、感情や感動を伝える
素晴らしい手段だとあらためて感じます。
(音楽だけでなく、芸術とはそういうものなのかもしれません)

クラシックというと、小学校時代から
音楽の時間に無理矢理聴かせられ
難解でたいくつなもの、取っつきにくいもの、という固定観念を抱きがちです。
国語の授業と同じで、感想を言わされたり書かされたりするので
余計嫌いになる、ということもあったかもしれません。
(少なくとも私はそうでした!)

でも、幸いなことに、賢治を通していくつかの交響曲などを聴くようになってから
その素晴らしさに多少なりとも気づけるようになりました。

なんだ、この高揚感・気持ちよさは、
ビートルズや他のロックなどと同じではないか・・・!
と、思ったことを覚えています。


ドヴォルザークの「新世界より」は
ハミルト・ハーティ指揮・ハレ管弦楽団の演奏によるものが
賢治のレコードコレクションの中にあります。
賢治はこの第2楽章に「種山ヶ原」という歌詞をつけているほどで
よほど好きだったのでしょう。

当時はまだ、一般には交響曲というものが広くは知られていない時代です。
初めて聴いたときの賢治の感動はどれほどだったか。
夢中になってレコードを買い集め
聴きまくっていたようですから
ほほえましくもあり、心から心酔していたんだろうと想像します。
セロも習い、自分たちで楽団をつくろうとさえしていたくらいですから
音楽熱はやはり相当なものだったのかもしれません。

当時の賢治のレコードが蓄音機でどんな音で鳴っていたかは
想像するしかありませんが
この前、賢治の持っていたレコードのいくつかが
復刻されCD化されているのを知り
さっそく取り寄せることにしました。
今はその到着を、首を長くして待っているところなので
届いた暁には、また感想などをアップしたいと思います。


この「新世界より」については
賢治の「銀河鉄道の夜」との関連がよく言われていると思いますが
ほんとうに、全体を通して
汽車が原野を駆け抜けているような
ドラマティックな疾走感で貫かれているような気がします。

この曲を浮かべながら銀河のなかに汽車を走らせた賢治。
なんという壮大なロマンかと、そのことにまず感動します。

賢治はよく、野原や山、麦畑のなかで
突然走り出したり
「ほ~っ」と叫んだり、
はたまた踊ったりしたようですが
そのとき「新世界より」や「田園」などが頭の中でリフレインしていたとしたら
それほどおかしな事でもないような気がします。

今回、私もひさびさに交響曲を聴いてみて、
自然のなかに出て行ったとき
気分がとてもよくて
まわりに誰もいなかったら
手足をふりまわして飛び跳ねたくなっただろうと思うからです。
ただし、この
「まわりに誰もいなかったら・・・」というのが大事。

賢治は友人や生徒がいても
平気でそれをやってしまったのですね。

そこが賢治さんのお茶目なところ・・・!
それくらい、たまらないくらい、
感性の豊かな人だった、と私は思いますが
「変人」と思った人も少なくはないのかもしれません。
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# by signaless5 | 2010-04-23 17:00 | 音楽

楽園の鳥

読みかけの本があったので、
それが終わってから読むつもりでしたが、
ちょっとだけ、と思って
最初のページを読み始めたらもう止まらず、
夢中で最後まで読んでしまいました。
「楽園の鳥・カルカッタ幻想曲」(講談社)という
寮美千子さんの本です。

バンコク・カルカッタ・ヒマラヤ・・・と、
自分も主人公ミチカと一緒に、この過酷な旅をしてきたような気がします。


「インドやネパールなどを舞台に主人公が自分探しのため、心の旅をする様子を詩情豊かに描いた長編小説。」(北陸中日新聞)

「脚のない「楽園の鳥」は飛びつづける。ディープ・アジアを旅する恋愛冒険紀行小説」(「BOOK」データベース )

自分探し?恋愛冒険小説?
ちがう様な気がした。
そうとも言えるのかもしれないが
私にはとてもそんな生やさしくものには感じられませんでした。


この小説の舞台はタイ・インドという、
現代の日本に住む我々には非日常的な遙かな異国ではあっても
実は自分のいるこの場所でも、
日々同じようなことが展開しているのではないか。
どこにいてもどこまで行っても、
決して自分から逃れることはできない。
自分を何とかできるのは自分だけ。

わかっていてもまた同じ事を繰り返す。
駄目だと思いながらも、変わることができない。


私にはとてもヘヴィだった。
読んだ後もぐるぐるといろんな事を考えた。

誰もが大なり小なり心に傷を持っているのではないか。
でも、それを他人のせいにしているうちは
決して癒されることはない。
人に頼っているうちは決して立ち直ることはできない。
支えにはなれても、人は人を救うことはできない。

人のせいにして生きるのは、楽だから。
 親のせいでこうなった、
 まわりのせいでこうなった、
 愛情をもらえなかった、
 酷いことをされた、
 望みが叶えられなかった、
 こんなはずじゃなかった・・・。
 戻らない過去のことにこだわって
 しがみついているのは自分。
 後を向いている人には未来は決して見えない。
 前を向くのは怖いかもしれない。
 でも、そうしなければ自分の欲しいものに
 手を伸ばすことはできない。
 取り損ねたものが過ぎ去っていくのをまた一つ、見送るだけ。

読後は、長い旅をしながら、
最後にはまた振り出しに戻ってしまったような強い疲労感。
この後もきっとまたミチカは男に去られ
代わりの男をみつけてすがりつくだけだろう。

疲労の原因は、最初にも書いたように、
私がまミチカに入り込んでしまい
喧噪と混乱の中に飲み込まれ彷徨ってきたから、
というのもあるかもしれません。

「社会にすんなり適応する人間は消費されちゃう。でも、ぼくらは規格外だから消費されない。その代わり、社会からはみだして生きざるを得ない。でもね、だからこそ見えてくるものがある。外側から見なければ、わからないものがね。そうやって見えてきたものをゆっくり社会に還元していけばいい。曲がっているから役に立てるってこともあるんだ。」
そう話すダンの言葉にもミチカは耳を貸すことはない。
彼は次第に狂気にむしばまれていってしまうが
ミチカの世界を裏返した現実の世界では
狂気に陥っているのはほんとうはミチカの方かもしれない・・・
などというのは考えすぎかもしれないですが・・・。


この物語には光が見えない。
最後には一筋の光がみえるはずだと思いながら読んだのだけれど・・・。
ミチカが思い描く幻想のような世界。
彼女はそこから出られない。

出られるのは、ミチカがこの世界を変えようと
本気で思ったときだけなんだろうと思う。

もちろん私もミチカの部分も持っている。
というより、えらそうなことをいいながら
その部分の方が多い。

でも、人は変われるはず。
インドでは神々でさえ複数の顔をもつ。
どの自分になるかは自分が選びとれる。
自分が描きたい物語のなかに入っていくことができるはず・・・と私は思う。

同じもがくなら
前を向いてもがく方がいい。
たとえそれが、無駄に終わったとしても。
叶うことがなかったとしても。
きっと苦しさは同じ。
だったらやるだけやってみようと思える。

・・・なんていいながら
現実には、頭だけで行動が少しも伴っていない自分が
ここにいるのではありますが・・・。
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# by signaless5 | 2010-04-18 12:11 |

君の友だち

Carole King(キャロル・キング) James Taylor(ジェイムス・テイラー)が
そろって来日し、14日から武道館でライブをしているようです。
でも今回はどうやら東京・横浜のみ、3回しか公演がないみたいですね。

そのキャロル・キングの曲に
「君は友だち(You've Got A Friend)」というのがあります。
ジェームス・テイラーもカヴァーして、全米1位、グラミー賞を獲得しています。

私はこの曲を聴くといつも
賢治と嘉内の友情のことを思ってしまいます。

どんなに離れていても、君はともだち・・・。

残された嘉内あての73通の手紙を読むと
賢治と嘉内の友情がどんなものだったのかがよくわかります。

思えば私がふたたび賢治にのめり込むきっかけをつくったのも
この73通の手紙の存在でした。
読むたびに、新しい発見があり
深く考えさせられることも多々あります。

他の誰にも言えないようなことが
心友・嘉内になら、はき出せたしぶつけられたでしょう。
手紙のそこここには賢治自身も意識していなかったであろう
深層心理があぶりだされています。
過去も未来も
そこには詰まっています。

真の友情は心地よいことばかりではありません。
真摯ゆえにお互いに傷つけあうこともあるかもしれません。
それでも、この歌にあるような気持ちが
底には絶えず流れている・・・。
二人の友情はきっと
そんなものだったのではなかったでしょうか。

蛇足ですが、
私は何度も何度もこの曲を聴いたので
門前の小僧習わぬなんとか、で
よそ事を考えていても歌えるようになりました。
(ちょっと自慢&自惚)


    君の友だち

 君が落ち込んで悩んでいるとき
 誰かにそばにいてほしいとき
 そしてすべてが何もうまく行かないと感じるとき
 目を閉じて僕のことを考えてみて
 そうしたらすぐに君のところへ行くから
 真っ暗な夜も明るくするために


 ただ僕の名前を呼べばいい
 どこにいようと君に会いに駆けて行くから

 冬,春,夏,秋
 ただ君は僕の名前を呼べばいいんだ
 そうすればきっときっと君のところに行く
 そう、君には友達が居るんだから


 もしも君の頭上の空に
 凍りついた暗雲がたちこめ
 北風が吹き始めても
 気をしっかりもって僕の名前を大声で呼ぶんだ
 僕はすぐに君の部屋のドアをノックしに行くよ

 ただ僕の名前を呼べばいい
 そうすれば、わかるよね、
 僕はどこにいようと
 君に会いに駆けて行くから

 冬,春,夏,秋
 ただ君は僕の名前を呼べばいい
 そうすればきっときっと君のところに僕は行く


 友達が居るっていいことじゃないか
 人は君に冷たくあたるかもしれない
 君を傷つけ 君を見捨て
 もし君が許せば人は君の魂を奪おうとする、
 そう,でも君は決してそんなことさせないはずなんだ

 ただ僕の名前を呼べばいい
 そうすれば、わかるよね、
 僕がどこにいようと
 君に会いに駆けて行くから

 冬,春,夏,秋
 ただ君は僕の名前を呼べばいい
 そうすればきっときっと君のところに僕は行く
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# by signaless5 | 2010-04-16 09:30 | 音楽

2,3歳の頃、毎日父とお風呂に入って
「ひょっこりひょうたん島」を歌っていたことを覚えています。

その後15年くらい経ってから観たのが
「イーハトーボの劇列車」です。
それは3月の終わりで、
桜の下を歩いて行ったことを思い出しました。

会員制の観劇会の例会だったので
一般人は観られなかったのですが
母のつてでこっそり裏口から入れてもらいました。
(もう時効ですよね・・・)
その時の賢治役の俳優さんは確か高橋長英さんだったと思います。
その後もTVドラマなどで見かけると
トキめいたりしたものでした。

TVでも放送され、
2度ほど観た記憶があります。
私はとくに矢崎滋さんの賢治も好きでした。

父・政次郎の佐藤慶さんとの口論のシーン、
つまりは保阪嘉内あての手紙に書いた文章を台詞にしたものなどは
じつに印象的でした。

その当時も、
賢治作品や資料を相当、しかも愛情をもって読み込んでいなければ
書けない作品ではないかと感じたのですが
今あらためて思い返しても、やはりほんとうに素晴らしい作品だったと思います。
賢治の生涯のなかでも“上京”に絞ってスポットを当てた、というのは
みごとだと思います。
賢治の生涯において、東京というのはキーポイントにちがいありません。

当時は家庭用VTRなどはなく、
モノラルのテープレコーダーでTV放送を録音し
音声だけを繰り返して聞いたものでした。

今はなんでも録画録音できてしまうし
ミュージシャンのライブでも、その日のうちに
ネットを通じてアップされているような時代・・・
実に便利になりました。

当時のことを思い出して
また「イーハトーボの劇列車」が観たくなりました。
できたら高橋さんか矢崎さんのものを。
NHKさん、やってくれないかな~。
そのうち追悼番組で・・・?

 井上ひさしさん、たくさんの素晴らしい作品をありがとうございました。
 ご冥福をお祈りします。
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# by signaless5 | 2010-04-13 22:32 | 思うこと