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永訣の朝

息子の現国の教科書を見たら
「永訣の朝」が載っていました。

懐かしさと同時に不思議なものを感じました。
私も高校の教科書で初めて
宮沢賢治の詩を知ったのでした。
もしかして、○○年以上ずっと、この詩は教科書に登場しているのでしょうか。

(あめゆじゆとてちてけんじや)
賢治の耳からは、妹のことばの悲しい響きが離れなかったのでしょう・・・・

あの頃の自分が、この詩を読んで
どのように感じたのかは忘れてしまいましたが
こんな詩を書く
宮沢賢治という人はいったいどんな人なんだと
学校帰りに書店に飛び込んで文庫本の詩集を手にしたのが
賢治との出会いでした。


(Ora Orade Shitori egumo)

人は誰も一人で生まれて一人で死んでいきます。

賢治が願ったように「たったもひとつのたましひと」どこまでも一緒に行くということは
確かに不可能なことなのかもしれません。
しかし、たとえ、物理的には分かたれたとしても
「いっしょにいきたい」と願うこと
または「いっしょに行けとたのんで」ほしいと思うこと
そういう想いをもつということが、
すでにもう一つのたましいと共にあるのではないでしょうか。

(Ora Orade Shitori egumo)
と言ったトシ子は、きっと
「私は大丈夫。
先にいくけれど、兄さんといつもいっしょにいるから・・・」
そう言いたかったのではないでしょうか・・・・




   じぶんとそれからたったもひとつのたましひと
   完全そして永久にどこまでもいっしょに行かうとする
   この変態を恋愛といふ
   そしてどこまで進んでもその方向では
   決して求め得られないその恋愛の本質的な部分を
   むりにもごまかし求め得やうとする
   この変態を性慾といふ

                   (小岩井農場 パート9)

賢治は非常に純粋な魂の持ち主だったのでしょう。
もし、賢治が結婚したとしたなら
それはきっと一般にいうものではなく
ほんとうに、男であろうが女であろうがまったく関係のない次元の
たましいの結びつきを求めたのではないでしょうか。

うら若き乙女の頃(私にもあったゾ)、
この部分は私の魂にとても響いたのです。

そして自分もそういう相手を見つけたいと
確かに思っていたはずです。

はずでしたが。。。。
いつの間にか忘れてしまいました(>_<)

教科書を眺めながら
あらためてこの詩の美しさに打たれ
賢治という人になお深く魅せられつつ・・・

自分自身のことを振り返っては
複雑な心境になりました。
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by signaless5 | 2009-05-18 09:18 |

長篠古戦場

前回キャンプの記事を書きましたが
その場所は愛知県の新城市の鳳来寺というところにあります。

毎回、そこに行くのに長篠というところを通ります。
途中には貼り付けになった褌姿の侍の大きな看板があり目を引きます。

GWの時期にはお祭りをやっていて道路の両側には「のぼり」がにぎやかに立っていて
その中を通っていつもキャンプ場に行くのです。

長篠の合戦場ということは知っていましたが
歴史にうとく、勉強しても右から左だったので
誰と誰が戦ったのかは知りませんでした。
そんなことではツマラナイと思い、ちょっと調べてみたらびつくり。

なんと、甲斐の武田軍と、織田・徳川連合軍の戦いだったようです。
長篠設楽原の戦い

こんな身近に、嘉内の故郷・山梨と縁の深い場所があったとは!
そういえば「のぼり」には、菱形が4つ組み合わさった「武田菱」も書かれてありました。
このマーク、最近どこかで見たぞと思っていたら
お土産でもらった「ほうとう」の紙袋にも書かれていたのでした。

また「ほうとう」が食べたくなってきました・・・・(殴)

ちなみに「貼り付け」になっている侍は
長篠城城落を目前に、救援に走って戻る途中捕らえられた
鳥居強右衛門の姿だと思われますが・・・
なんとも迫力があります。
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by signaless5 | 2009-05-10 12:28

キャンプ

毎年恒例になったGWの家族キャンプです。
今年も3・4日の一泊で行ってきました。
幸いその間はお天気もよく、幸運でした。

そのキャンプ場では夜になると「よだか」の鳴く声が聞こえます。
朝は4時半頃から小鳥たちの大合唱で起こされます。

準備や後かたづけは嫌いですが
豊かな緑の中で鳥たちに会えると思うとそれだけでうれしい年に一度の行事です。

今回は往復約10キロの山登りハイキングコースを歩いてきました。
息子は部活、娘は空手で鍛えているので
平気でどんどん登っていきます。
私だけがぜいぜい言いながらやっとついて行く始末・・・。
日頃の運動不足を痛感しました。

でも、その割には後から足が痛くなることもなかったので
まだまだ若いぞ、と自分に言い聞かせつつ
これを機にまた少しずつでも、ジョギングでも再開しようかなと思いました。
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by signaless5 | 2009-05-06 10:35 | 思うこと

アース

映画「アース」をDVDで観ました。

改めて、この地球が奇跡の星であることに気付かされました。
気候、季節、風土、自然現象、植物、動物・・・そして調和。

なんて美しい映画だろうと思いました。
自然と動物たちのありのままの姿。
弱肉強食の厳しい世界。
しかし、食うものも食われるものも、みな美しい。

この映画がなぜこれほど美しいと感じるのでしょうか。
それはここには、人間も、人間が創ったものもいっさい出てこないからだと気付きました。

地球上で、唯一、醜いのは人間だけです。
足るを知らず、自然を破壊し、自然界にないものを作り出し、
他の生き物の存在を脅かし、地球を汚し、自分たちのはてしない欲望だけに生きている。

懸命に生きている他の生き物たち。
このまま温暖化が進めばホッキョクグマは、2030年までに絶滅するだろうといわれています。
2030年なんて・・・もうすぐそこに来ています。
世界一美しいといわれる日本の四季は
もはやそのリズムを狂わせています。

ほんとうに、いまからでも間に合うのでしょうか。


地球に奇跡が起こったのは
隕石の衝突によって少しずれた地軸のお陰だと
この映画の冒頭にでてきます。
地軸の話になるといつも思い出すことがあります。
宮澤清六さんの「兄のトランク」(ちくま文庫)に収録されている
「『臨終のことば』から」という文章の最後です。

その透明な生物の一人が笑いながら言っているかもしれないのだ。「一五億年間、見守ってきた地球の生物の中の数匹がやっと小さな殻を抜け出して飛び出した。そろそろ地球の公転と自転を少しずつかえてみようかなぁ・・・」などと・・・。


賢治は日本の自然をこよなく愛しました。
作品に描かれた植物、動物、星、風・・・・
それらがみんな、「むかしむかしにはあったものです」などということにならなければいいのですが。
でも、そうなる前にきっと
人類などというものはこの世から消えて無くなっているかもしれませんね。
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by signaless5 | 2009-05-01 14:01 | 映画