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緑石さんの遺したもの

少し緑石さんのことを調べていて、こんなのを見つけました。
水燿通信195号

尾崎放哉が井泉水に宛てた手紙のようです。
長いのでわかりにくいですが、手紙のⅦに「緑石」さんの名前が出てきます。
こんな無礼な若い奴らのことなど知らん、というのですが
事実は、そうではなかったようです。
放哉はよほど体調・精神状態がわるかったのでしょう。

 林檎の重さ美しく手にある   緑石

私はとてもいい句だと思います。


それから、このサイトに行き当たりました。
HATASTUDIO

以前にもブログ「宮沢賢治とアザリアの友たち」で拝見はしていましたが
改めて見てみると、この秦博志さんという方は
非常に素晴らしい仕事をされているのだなぁと感嘆します。

緑石さんのたいせつな資料を
これほどまでにきれいに修復できるとは・・・。

   緑石関係資料は着々と保存処理が進んでいます。
   50年後にはその差がはっきりすることでしょう。

この言葉に私は涙が出そうになりました。

50年後にはわたしはもうこの世にはいません(たぶん!)
そのときにもまだ、緑石さんの遺したものが、美しいままで残っているなんて・・・!
考えただけでも感動します。

賢治・嘉内のものも、
50年後・100年後でもちゃーんと残っていますよ、
私たちの子孫に受け継がれますよ、と胸を張って言いたいものです。
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by signaless5 | 2009-04-23 09:00 | 思うこと

清張と高太郎

今年は松本清張生誕100年だそうです。

生誕100年といえばどうしても
1996年の賢治の時の“お祭り騒ぎ”を思い出してしまいますが・・・。

家族が松本清張のファンで
これがおもしろいと進められたのが「半生の記」(新潮文庫)です。

清張が小説家になる直前までどのように生きてきたかを書いたものですが
非常に興味深く読みました。
あの多作家が、小学校しか出て居らず、
大変苦労して、地の底をを這うような生活をし
40歳を過ぎるまでおおよそ小説など書いたことがないとは・・・!

本文自体は、小説を書く直前で終わっていますが
「あとがき」には、小説家になったいきさつが書いてあります。

ふと応募を思い立った懸賞小説を書いている途中
落としたペンシルの代わりを買うこともできなかった清張。
しかし彼はその作品「西郷札」で3等に入り、しかも直木賞候補にまでなりました。
以下は引用です。

  初めての小説が直木賞候補になったことが私に野心を持たせた。
  そのころ、『三田文学』を編集しておられた木々高太郎氏に掲載紙
  を送ったところ、何か書くようにといってこられた。 二度にわたって
  原稿を送ったが、どちらも掲載された。あとの『或る「小倉日記」伝』が
  芥川賞になった。

木々高太郎!

この名に覚えがあった私は思わず「えっ」と叫んでしまいそうになりました。
清張の世に出るきっかけを手助けしたのは
なんと嘉内の親友だった、というわけです。
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by signaless5 | 2009-04-21 18:42

貝の火・ホモイの目

賢治の童話に『貝の火』というのがあります。

ウサギの子どもホモイが、川で溺れているヒバリの子を助けて
鳥の王様に宝物の「貝の火」という玉をもらうお話です。

ホモイは、お父さんの忠告も聞かず
そのうちに調子に乗って
キツネにだまされて悪いことをしてしまい
とうとう「貝の火」を曇らせてしまいます。
そしてそれがはじけて、粉が目に入り、見えなくなってしまいます。

私はずっと、なぜホモイは目が見えなくなってしまうのか
そこまで残酷に罰せられなくてもいいのに・・・という気がしていました。

でも、この「目が見えなくなる」ということは
ものごとの善悪、正しいこと間違っていること
そういうことの判断ができなくなってしまうということなのかもしれない、
とふと思ったら、何となくわかるような気がしました。

人は「慢」に陥ると、自分の立場や人の心がわからなくなり
傍若無人に振る舞い、大切なことを無くしてしまう・・・。

最後にお父さんがいう言葉
「泣くな。こんなことはどこにもあるのだ。それをよくわかったお前は、一番さいはいなのだ。目はきっと又よくなる。お父さんがよくしてやるから。な。泣くな。」
これはただのなぐさめではなく、
ほんとうに救いになっているような気がするのです。

ホモイはこれから心を入れ替えて
謙虚に努力して生きていくなら、きっとまた目が見えるようになるのだよ、と
賢治は言いたかったのかもしれません。


ホモイがヒバリを助けたのは鈴蘭の花がしゃりんしゃりんと鳴ったとき、
そして病気がすっかりよくなって、うちからでられるようになったのは、
その鈴蘭にみんな青い実ができた頃・・・・。
私は賢治の、こういう何気ない表現が
たまらなく美しく、愛おしいと思うのです。
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by signaless5 | 2009-04-19 16:04 | 童話

賢治とゴッホ

こちらの記事を拝見して、私も同じような体験をしたことを
思い出しました。

私もゴッホ展に行ったことがありました。
その時、ある絵の前で立ち止まったとき、急に涙があふれてきたのです。
「アルルの寝室」と題された絵です。

b0150143_18202775.jpg


もともとゴッホの絵はとても好きでしたし
他にも素晴らしい絵がたくさん展示されていて
とてもいい展覧会でしたが、なぜこの絵なのか自分でもびっくりしましたが
この絵を描いた時のゴッホのこころが私の中にすーっと入ってきたのです。

この部屋には枕も椅子も、壁を飾る絵もそれぞれふたつずつ描かれているのです。
恐らくゴッホ自身と親友と信じて疑わない友の分。
かけがえのない「ともだち」を求めてやまないゴッホの淋しさが
突き刺さるように感じられたのです。
ゴッホは淋しくて淋しくて、たまらなかったんだと思いました。


そして、何年も経ってから
私はふたたび同じような体験をしました。

それは賢治が嘉内に宛てた一枚の葉書の実物を
間近に見る機会に恵まれたときでした。

「かなしめる馬」のいる、種山の景色が
葉書いっぱいに描かれたものです。
それを見つめているうちに、胸がいっぱいになり、
ふいに涙があふれてしまいました。

まだ出会ったばかりの、学校に戻ればすぐに会えるはずの嘉内なのに
それさえも待てないほど、賢治は嘉内を求めていたのかもしれません。

なんでそんなこと、と思われそうですが
自分でも不思議なふたつの体験です。
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by signaless5 | 2009-04-17 18:45 | 賢治

ローマンス

一〇二四
     ローマンス

                      四、二、


   そらがまるっきりばらいろで
   そこに一本若いりんごの木が立ってゐる

      Keolg
       Kol.  おやふくらふがないてるぞ

   山の上の電燈から
   市街の寒天質(アガーチナアス)な照明まで

      Keolg
       Kol.  わるいのでせうか    

    黒いマントの中に二人は
    青い暈環を感じ
    少年の唇はセルリーの香
    少女の頬はつめくさの花    

      Keolg  ぼく永久に
       Kohl.   あなたへ忠節をちかひます


1927年の作品です
賢治は時々、こういう可愛いロマンスを描きます
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by signaless5 | 2009-04-15 13:11 |

春と修羅

  いかりのにがさまた青さ
  四月の気層のひかりの底を
  唾し はぎしりゆききする
  おれはひとりの修羅なのだ

1922年4月8日、賢治は「春と修羅」を描いた
賢治が何に対していかり、はぎしりしていたのかはわからないが
いかりというものは確かに苦く
さらに、いかりを抱いた自分自身に対しても激しいいかりを覚える・・・
それゆえ、はぎしり燃えてゆききする一人の修羅になりはてるのかもしれない

  (かなしみは青々ふかく)
 
  (修羅のなみだはつちにふる)

賢治がこうまでになるくらい
いったい何にいかりを抱いていたのだろうか

この詩を読むたびに私は賢治といっしょに歩いているような気になる
賢治のこの深い悲しみは
もしかしたら一生消えなかったのかもしれない
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by signaless5 | 2009-04-14 23:59 | 賢治

納棺夫日記

映画「おくりびと」を、少し前に見ました。

この映画は、本木雅弘さんが青木新門さんの「納棺夫日記」を読み感動し、
ぜひ映画を作りたい、という想いから生まれたと聞きました。

しかし、最後のロールアップなど映画の中にはどこにも
「納棺夫日記」という文字も「青木新門」という文字も見つけることができなかったので
不思議に思っていました。

「納棺夫日記」には賢治のことも書かれていることを知り
読んでみました。
たしかに、「おくりびと」と、「納棺夫日記」は全く別のものでした。
新門さんが、映画にその名を記すことを辞したのも
わかるような気がします。
決して新門さんはこの映画を否定しているわけではありません。
むしろ賞賛を送られています。

けれども、やはり、新門さんの伝えたいことと、
「おくりびと」に描かれていることは、違うのだと思います。

生活の為に飛び込んだ仕事とはいえ
真摯に死者と向き合い、死とは何かを考え続けた氏がたどり着いた所は
現代の日本において、死と切り離されたきわめて不自然な日常を過ごす
私たちにはなかなか到達しがたい場所かもしれません。

おそらく、新門さんが一番伝えたいことではないかと思われる
親鸞の思想はわたしには難しくてよくわかりません。

しかし、この仕事を始めて、まわりの人や親戚、家族にさえ蔑まれ疎まれるなか、
たった一人の人、偶然再会したかつての親しかったたった一人の人の瞳に出会ったことで
彼は救われたといいます。
言葉を越え、男女の関係を越えたものが、そこにあったというのです。
--人を恨み、社会を恨み、自分の不遇を恨み、すべてが他社の所為だと思っていた人間が、己をまるごと認めてくれるものがこの世にあると分かっただけで生きていける--
そう書かれています。

そして、彼は、社会通念を変えたければ、自分の心を変えればいい、と気付かれた。
自分自身もその社会通念の延長線上にいたことに気付かれたのです。
自分が変われば、周囲の見方が変わる。

これらのことは、あらゆることに言えることだと思います。
今はたとえひとりでいたとしても、努力していることを認めてくれる人、理解してくれる人はいるはずです。
自分を信じて、頑張っていればきっと気持ちは伝わるのです。

物事を見るとき、視点をどこに置くかで見え方感じ方は全くちがってくるのです。

宗教のことはよくわかりませんが
死と向き合うことは、生を考えること、
どのように死ぬかは、どのように生きるかということ、、
生と死は対極ではなくイコールなのではないかということを感じました。

賢治の作品についても何カ所か触れられていますが
新門さんは、賢治の作品を通して、
賢治の見たもの、感じたものを同じように感じ取ることのできる感覚をもっておられる・・・
そんなふうに感じました。。。。

「おくりびと」はもちろん映画として素晴らしい作品でしたが
「納棺夫日記」は、やはり全く別のものであって、
さらに深く、様々なことを考えさせられる本でした。

ちなみにわたしが読んだのは文春文庫から出ている
増補改訂版のものです。
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by signaless5 | 2009-04-10 18:17 |

隅田川

水はよどみて日はけぶり
桜は青き 夢の列(つら)
汝(な)は酔ひ痴(し)れてうちおどる
泥洲の上に うちおどる

母をはるけき  なが弟子は
酔はずさびしく そらを見る
その芦生への  芦に立ち
ましろきそらを  ひとり見る

隅田川と題された文語詩があります。

「なが弟子」というのが、自分=賢治のことなのか或いは他のだれかのことなのか。
説がいろいろあるようです。
私としては「なが弟子」とは、
賢治と同じく関教授のもとで学んだ保阪嘉内のことではないかという気がしていました。

そのような話をしていたところ、
この詩の下書きには「甲斐より来たる」とあるとの指摘を
『宮沢賢治と「アザリア」の友たち』のAzalea氏より頂きました。
こうなるとやはり「母をはるけきなが弟子」とは、母を亡くした嘉内以外考えられません。

高等農林をはっきりとした理由もわからないまま突然退学処分とされた嘉内。
関豊太郎氏は、教え子の力になってやれなかったという想いが
ずっと胸にあったのではないでしょうか。

賢治と久しぶりに会って、嘉内はどうしているかと話題が出ても不思議ではありません。
師弟で花見をしながら
故郷の山梨に帰って一人淋しくいる嘉内に想いをはせる。

酔っておどる師の胸のうちと、遠く離れた心友の胸のうち・・・。

そう思って読むと
この隅田川の桜は、なんとせつない桜でしょうか。
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by signaless5 | 2009-04-07 08:32

見つめるということ

「あなたはむかし、私の持っていた、人に対してのかなしい、
やるせない心を知って居られ、またじっと見つめて居られました。」

嘉内に手紙でこう書き送った賢治。
賢治が苦しみ悩んでいたとき、それをそばで嘉内はずっと見ていたのでしょう。
友達とは、そういうものなのだと思います。

岡林信康の歌に「君に捧げるラブ・ソング」というのがあります。
これはじつは癌で死にゆく親友に送った歌だそうですが
なにもしてあげられないもどかしさ、無力感を歌っています。

でも、ほんとうの友達、ほんとうの人を想う気持ちとは
そういうことではないかと思うのです。

けっして人は他人に代わることはできません。
しかし大切なことは、そして行いがたいことは
黙ってそばに寄り添うこと。
なにがあっても目をそらさずに、じっと見守っていること。

「あなたはむかし、私の持っていた、人に対してのかなしい、
やるせない心を知って居られ、またじっと見つめて居られました。」

賢治はどれほど嘉内を信頼し
どれほど嘉内によって救われていたことでしょうか。

このような短い一文からも
賢治と嘉内の友情が非常に深いものであったことを知ることができると思います。
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by signaless5 | 2009-04-05 16:53

よくがんばった!

花巻東、よくがんばりました!

ありがとう!
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by signaless5 | 2009-04-02 14:31 | 思うこと