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劇車「銀河鐵道」という名称で、「ひとり語り」という活動をしている方があります。

私の所属している読書会では
毎年、その方に来て頂いて“口演”をしてもらっていますが
もうすでに10年を越えました。

たいていはさねとうあきらさんなどを中心に
いろんなものをやって頂いていますが
ここ2年は続けて宮沢賢治作品に絞って演じていただいています。

その方は古くからの賢治ファンですが
会のメンバーからして賢治はどうも取っつきにくい、わかりにくい、というような声が大きく
これまではなかなか賢治をやってもらうまでには至らなかったようです

その方が今回、こんなことを話してくれました。
 「以前は、自分にとって賢治は癒やしの存在だった。
 病気をしたこともあって、そんな自分を賢治は自分を救ってくれた。
 でも、最近は、賢治は自分を映す鏡のような存在に変わってきたんです。」

私にとっても大いにうなずけることでした。

賢治はともすれば自己犠牲的精神を大きく取り上げられ、
聖人や救世主のように崇められ
自己に厳しいストイックな面を強調され
悲愴なイメージがつきまとっているのかもしれません。
しかし、その方にとって、はじめから賢治はけっしてそういう人ではなく
明るく暖かく、ユーモアあふれる人で、自分を包んでくれたといいます。

多面的な賢治は、見る人によって、さまざまな面を見せてくれる存在であり
広い分野において、専門の立場にある人にとっても非常に興味深いようで、
いろんな方がいろんな賢治を語ってくれます。
賢治に接して、何がみえるかというのは
その人が何を知っているか、何に興味があるかということに依るのだと思います。
同じように、何を感じるかは、その人がどういうひとかに依る・・・。

賢治という存在は、やはり自分を映す鏡、かもしれません。
そう考えると、自分が賢治について語るということは
結局は自分を語っている・・・ということであり
怖いような気さえします。

しかし、何もこれは、賢治に限ったことではないような気がします。

世の中のあらゆることにも言えることだと思います。
そのとき自分が、何を感じ、何を見るか。

同じ人に会っても、同じことが起きても
反応や感じることは100人いれば100通りあるはずです。

たとえば、運転中に横断歩道を渡る親子連れを待っているとき
「雨の中を、小さなこどもを連れて大変だな~」と思うか
「さっさとわたらんかいっ」とイライラするのか。
その後、子育てについて考えて、支援活動に発展する人もいれば
猛スピードで走り抜けて、おまわりさんに捕まってしまう人もいるでしょう。
これは極端な例かもしれませんが
世の中は全て、そういうことの繰り返し。
あらゆることが鏡かもしれません。
自分をよく見て、反省したり、ここはいいところだからもっと輝かせようと思ったり。
そうできる人間でありたいと思います。

ふたたび賢治にもどると、
研究や評論などで賢治の何を取り上げるかでその人がわかるし
実際の賢治に会ったことのある人は、賢治をどうとらえていたか
どういう面を語るかでその人がわかってしまうのではないでしょうか。

そんなことを書きながら、
「ということは、いろんなことをブログで書き散らしていると自分というものが
人にしれてしまうのだ・・・」と、びびってこれからは書けなくなってしまうのでした~。
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by signaless5 | 2009-03-18 12:27

役割

宮沢賢治記念館が建った頃
私はまだ花の十代で、
賢治に関する物が展示される場所が出来たことが
とてもうれしかった記憶があります。

しかし、それだけではなく記念館には重要な役割、
すなわち賢治の遺した物を
きちんと分類・整理・保存し、最良の状態に保つということがあったのです。

清六さんにとってそれがどんなにうれしいことだったか。
それが一番の願いであったはずだということに
最近になってようやく思い当たりました。

決して大げさではなく、命がけで、兄の原稿を守ってきた清六さんにとって
今後非常に長い年月にわたって、それらを保護し、残すことを約束されたようなものであり
それはどんなに清六さんを安堵させ、よろこばせたことでしょうか。

そんなことを考えていたら
ある方にもぜひとも
そういう喜びを味わっていただきたい
いえ、味わって頂かなくてはいけないのだ・・・と思いました。

たいせつなたいせつな、父の遺品であり
賢治にとっても、重要なもの。
アザリアの他のメンバーにとっても、たいせつなもの。
それらをきちんと後世にも残せるようにして、
その方に、心から安心していただけるようになりたい・・・。

とはいっても、私は無力な一嘉内・賢治ファンでしかありません。
偉そうなことを言っていますが、
大それたことはできません。
でも、それを願うことはできます。
そういう想いを書いて人に見てもらうことは出来ます。

ひとの祈りは必ず天に通じると思います。
一刻も早く、その日が来ることを祈ります。
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by signaless5 | 2009-03-12 09:59

いつ?

昨年の暮れに、
森氏の書いた物についてあれこれと書き、
以後少しずつでもまた書きます、と書きましたが
なかなか思うように記事にできません。

というのも、森氏の本を読むたびに
あたまに血が上ってしまい、冷静に分析し、まとめるという作業ができないからです。
もっとも、そうでなくてももともと、「検証する」というような
まじめなこまやかなことは苦手なのですが・・・・。

少し読んでは、ムカムカして本を投げ出しています。
いったいいつになったら
書けるでしょうか・・・?(T_T)
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by signaless5 | 2009-03-05 15:05 |