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偉大なるトルストイ

友達が、面白いものをみつくろってきたと言って
貸してくれた数冊の本のなかに
「トルストイの民話」(藤沼貴・訳/福音館書店)がありました。

トルストイといえば、
今も若いけど今よりもっと若かった頃に(殴)
「復活」を読んだだけで、
気になりながらも難しそうなので今までずっと手が出ずにいたのでした。

まだ、最初に収録されている「人はなにで生きるか」というお話と
最後の「あとがき」を読んだだけですが
トルストイの生き方と精神が
まっすぐに、私の中に入ってきました。

「今、わたしはさとった-人間が生きているのは、自分のことに心をくばっているからだというのは、ただ人間がそう思いこんでいるだけにすぎない。人間はただ愛によってのみ生きるのだ。愛の中にいる者は、神の中におり、神がその人の中にいる。なぜなら、神は愛にほかならないからだ。」
天使ミハイルの言葉ですが、
どこかで似たようなことを聴いたことがあります。

そうです。
我らが嘉内。
たった一遍の話ですが、
なんだか嘉内がトルストイに心酔し、大きな影響を受けた理由がわかるような気がしました。
そしてまた、私も、この一遍に、とても大きなことを気付かされたような気がします。

中学生でもわかるようなお話だよ、とその友達は言いました。
なるほど、難しいことは苦手な私でも、よくわかりました。

この続きを読むのが楽しみです。
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by signaless5 | 2009-02-25 18:44 |

苦しみのわけ

「今聞いたらあなたは学校を除名になったさうです。」

突然の賢治からの手紙で
春休みで帰省中の嘉内は、
自分が盛岡高等農林を除名になったことを知りました。

人生には無駄なことはひとつもない、
起こることはすべてただしい・・・

だとすれば
嘉内が除名になったことには
いったいどういう意味があるのでしょうか。

この件で、嘉内は、落ち込み悩み、苦しみ抜いたにちがいありません。
その後の人生にも大きく影響したことでしょう。
嘉内はそれでも、自分の進むべき道をさぐり
夢を追い続けました。

「除名」処分を、昔の一人の若者に起こったこと、と
読み過ごせば、それでもべつにいいのかもしれません。
しかし、私はそうではないと思ったのです。

処分の理由は当時も今も不明ですが
恐らく、当時の日本の国体、情勢と無関係ではないでしょう。

その後の日本がたどった道を考えたとき
私たちはこのことを疎かにしてはいけない、
あいまいにしてはいけないと思います。
言いたいこともいえない世の中になったとしたら、どうしますか。
きちんとした理由も告げられずに
罰せられるような国になったらどうしますか。

大人はもちろん
若い人達にこそ、きちんとそういうことを知って考えてもらいたい。


嘉内が死にたいと思うほど苦しんだ意義は、
そこにあるのではないか、と私は思います。
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by signaless5 | 2009-02-19 17:53 | 嘉内

Wonderful!!

I feel wonderful because I see
The love light in your eyes
And the wonder of it all
Is that you just don't realize how much I love you

素晴らしいのは
君の瞳に愛の光が見えるから
そしてまったく不思議なことは
ぼくがどれほど愛しているのか君が少しもわかっていないこと


これはエリック・クラプトンの
「ワンダフルトゥナイト」という曲の一部です。

原文でも、とてもわかりやすい歌詞なので
中学生でもだいじょうぶだと思いますが
長い間、わたしにはここの部分の意味がよくわかりませんでした。

「ボクがこんなに愛しているのに キミは少しもわかっていないんだね」
という意味なんだろうか・・・
それにしてはこの曲全体の雰囲気と違うし・・・と思っていました。

それが近頃
なんとなく、ああ、そういうことなのかもしれない、と思ったのです。

人にとって、
本当にたいせつなもの、
素晴らしいものは
目には見えないものだと思います。

そして、そういうものをもたらしてくれるのは
やっぱり人なのです。

人はひとりでは生きてゆけません。
夫婦・親子、友達、仲間・・・・それだけでなく、あかの他人であっても
ひとはどこかでつながって助け合って生きているのでしょう。

なかでも、とても親しい人達は、
私にかけがいのないものを
与えてくれているのだなぁとしみじみと感じることがあります。

そう思ったときに
先ほどの歌詞
「そしてまったく不思議なことは
ぼくがどれほど愛しているのか君が少しもわかっていないこと」
に思い当たったのです。

相手はきっと、私がどれほどのものを受け取っているのか
それがどれほど私にとって素晴らしいもの、宝物のようなものであるかを
おそらく少しも意識したり、気にしてはいないような気がするのです。
ただ、自分がしてあげたいからやっているだけだよ、と
その人は言うに違いありません。
言い換えると、
少しも自分がそんな大きなものを与えているのだとは気づかないかったり
過小に思ったり、当たり前のことと思っているのだと思うのです。

この歌詞は、
相手が自分によくしてくれるから愛しているのではなく
無償の、それでもあふれんばかりの本当の愛
というようなことを言っているのだと思ったのです。

そうであるなら、この歌詞は
なんて素晴らしい詞でしょうか。

私も、ひとに、意識せずに何かをしてあげられる人に
なりたいなと、思います。



あれ、今回は賢治と嘉内に関係ないじゃんと思った方。
実は関係ありますよ。

だって、賢治も嘉内も、究極の無償の愛の持ち主だったではありませんか。
みんなの幸福のために、よい世界をつくりたいと
命をかけてぶつかっていったではありませんか。
いつも、そういうものでありたいと
願っていたではありませんか・・・?
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by signaless5 | 2009-02-12 14:33 | 思うこと

本の中

子供の頃、好きだったTVアニメに
「魔法使いサリー」というのがありました。
(トシがバレる・・・)

いまだにいくつかのお話を覚えていますが
その中でも特に印象深く好きだったものがあります。

魔法使いは、本を読むことを固く禁じられていました。
ところがサリーは、みんながあまりにも面白そうに本を読むので
掟を破ってこっそり読んでしまいます。
それが樋口一葉の「たけくらべ」でした。

サリーは気付くといつのまにか、その中の主人公「美登利」になっています。
魔法使いは、本を読むと、その本の中に入り込んで
出られなくなってしまうのでした。

結局、魔法使いの王であるサリーの父に助けられる、
という話だったと思いますが
雨の音・格子窓・下駄の鼻緒といったなんともいえない風情が、
あまずっぱい切なさとともに甦ってきます。

まだほんの小さな子供だったと思うのですが
なぜかそんなことも、ちゃんと感じ取っていたんだなぁ・・・と
我ながら驚きとともにときどき懐かしく思い出すのです。

そして、もし、本当に本の世界に入れるとしたら
何がいいかな~といろいろ想像するのも楽しいのです。

でも、二度と出てこられないとしたら
慎重に選ばなくてはいけませんね。

う~ん。
もしかして、賢治の年表や伝記(?)でも読めば
賢治と会えるんでしょうかねぇ・・・・(殴)
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by signaless5 | 2009-02-10 18:20

今朝、洗濯物を干していたら
雲ひとつない青空を
一陣の風がどぉっと音を立てて通り過ぎていきました。

「今のは、きっと、嘉内さんだっただろうか・・・」

手を止めて、私は空の遠くを見上げていました。


昭和12年2月8日の朝、
周囲の者が号泣する中で
「何を泣いているんだ。人は皆、こうして自然に還ってゆくのだ。」
という言葉をのこして
保阪嘉内は40年の生涯を閉じました。

人の最期の言葉というのは
その人をまるで象徴しているかのようです。

賢治は、父に
「国訳妙法蓮華経を一千部つくって知己の方々にあげて下さい。」
と頼み、後は何も言うことはないかと聞かれ
「後はまた起きてから書きます。」
と答えたそうです。

一見対照的な言葉です。

肉体が滅び土に還り風に溶ける・・・・ということは
自然の一部になって
いつも私たちのまわりにあるということ。

亡くなったひとの魂は、それを想う人の中で永遠にともにあり続ける、と
私は思っています。

思えば、私に、嘉内と賢治の本当の姿が見えてきたのは
一年と少し前、「直筆の73通の手紙」を見てからでした。
それからずいぶん嘉内のことはわかったつもりでいましたが
実はまだほんの入り口に立ったにすぎないのだと
最近では感じています。

もし、ふたりが長生きしていたら
もっとたくさんの仕事をし
すてきな“物語”を描いてくれたことでしょう。

でも、いつの日か必ず、他の人の手を借りて、それを形にして現してくれる、
あるいはふたたび生まれ変わって
その続きを描いてくれる・・・・私はそんな気がしてなりません。

恐らく無限であろう時間と空間の中で、
ふたつの魂と出会えたことに
奇跡を感じ、私は心から感謝をしています。


今日はきっと嘉内さんは
故郷の山や野原を
風になって駆けめぐっているのではないでしょうか。
そして「ちょっと足をのばしてみるかな・・・」と
私の方の上空まで、遊びに来たかもしれません。
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by signaless5 | 2009-02-08 10:55 | 嘉内

童児(わらし)その3

さて、ご無沙汰してしまいましたが
前回の「問題」に対して、わたしなりの解釈をしてみたいと思います。

まずは
《テキストA》
 ニコニコ明るい笑顔で汽車から降りた兄賢治は、弟に、手に持った大きな重い革トランクを渡した。
「コドモをこさえるかわりに、いっしょけんめい書いたものだじょ」
 兄は弟に、一向かわらない半分ふざけた調子でいった

「ニコニコ明るい笑顔で」とか、「半分ふざけた調子で」とか書いています。
まるで、そこに弟と一緒にいて、見ていたかのようですが
この方は、はたしてこの場にいたのでしょうか。
答えは否、でしょう。
もし、自分もそこにいたのなら必ずそう書くはずですし
清六さんの書いたものによると他の家族とも一緒ではなくお一人で行かれたような感じです。
にもかかわらず、このような表現はどうでしょうか。

もう一つ大きな疑問は「革トランク」です。
一般的には賢治のトランクは「革」ということになっているようですが
賢治の作品にそのようなものがあるからでしょうか。
しかし、清六さんの文章によると、賢治が実際持っていたのは革ではなく「ズック」のトランクだったはずです。いつも持ち歩いていた本人が間違えるでしょうか。

つぎの
《テキストB》
 大きなトランク一ぱいに、童話の原稿をつめて、久々に故郷に帰った賢治は、妹の身を案じながらもなかなか元気で
「東京での仕事は、ただこれだけです。まぁ、子供をもつかわりに、こんな原稿を得たようなものでー」
 と、なかば言い訳ともつかないことを、家人の前で独語するのでした。

「なかなか元気」も、あなたもそこにいたの?と言うような気がしますが
これには目をつぶれたとして
「なかば言い訳ともつかないことを」とかいうのは
この文章を書いた人の完全な主観です。
きっと、このエピソードをきいたこの人が
また賢治はしょうもない、いいわけめいたことを言ったのだ、と思ったのです。
でなければ、このようには書きません。

テキストAもBも、どちらも書き手の思いこみや空想が
入り込んでしまって、事実とはかけ離れた文章でしょう。
まぁ、これは「物語」であって、必ずしも事実ではない、というのなら
それはそれでいいかもしれませんが
両書は、賢治の伝記であり事実を伝える本とされているのですから
いかがなものか。

賢治の言ったセリフに置いては
三者三様みごとにバラバラです。

「ものだじょ」というのは普通の花巻の言葉ですか。
盛岡あたりでは使うのでしょうか。
私は詳しくないので、わかりませんが。

テキストBでは完全に標準語に直されています。
しかも「東京での仕事は、ただこれだけです」とあります。
おそらく書いた人は、賢治が帰ってきたのを見て
「なんだ、東京まで行ったのに成果はこれだけか」と思ったかどうかは知りませんが
意地悪な見方をしてしまうとそうなります。


《テキストC》
さて、そのトランクを二人で、代わりがわりにぶらさげて家へ帰ったとき、姉の病気もそれほどではなかったので、「今度はこんなものを書いてきたんじゃあ」と言いながら、そのトランクを開けたのだ。
(中略)
「童児(わらし)こさえる代わりに書いたのだもや」などと言いながら、兄はそれをみんなに読んでくれたのだった。

この文章は事実と思われることだけが淡々と書かれています。
どこにも、ひとことも、兄が思ったであろうことや、
自分が感じたことであろうことは書かれていません。
であるにもかかわらず、この文章を読むと
駅で再会した二人の姿や気持ち、
賢治のトランク一杯に詰めて持ち帰ってきたものへの大きな想いが
深く感じられると思いませんか。


さてさて、だれが書いたものか。
お調べになった方はどちらも分厚い本なので、大変だったかもしれませんね。
調べなくてもわかった方は、すごいです(笑)


《テキストA》は『森荘已池著・宮沢賢治の肖像』
《テキストB》は『関登久也著・宮沢賢治物語』
《テキストC》は『宮沢清六著・兄のトランク』
からの抜粋でした。


このようなちょっとした記憶違い、勘違い、思いこみ、創作が
この程度なら許されるかもしれないとして
だんだんエスカレートして、よってたかって
実在の人物に、ありもしない罪を着せたり
傷つけたりしたのであれば
大変なことだと私は思うのですが・・・。
そして、文章を読むときは、読む側も、
充分吟味して読み取る力が必要だと思います。

毎度ながら
差し出がましいことではありますが、私はそう思います。
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by signaless5 | 2009-02-04 15:36 | 賢治