ありがとうございました

今年も残すところ後一日となりました。
月日のたつのはほんとうに早いものです。

このブログもなかなか思うように更新できませんでしたが
拙い記事を読んでくださった皆様、
ほんとうにありがとうございました。

来年もきっとこのような調子だと思いますが
出来る限りアップしていきたいと思いますので
どうぞよろしくお願いいたします

この一年、私自身、夢を持つことの大切さを
身に染みて感じました。

いくつになっても
どんな状況でも
夢があれば、きっとうまくいきます

ことし出会えた方、いろんな角度から触れあえた方、
ずっと仲良くしていただいている方、
みなさんからたくさんのことを教わり
たくさんの希望や勇気をいただきました。
ほんとうにありがとうございました。

来年もどうぞよろしくお願いします。
みなさんにとってよい一年になりますように!
[PR]
by signaless5 | 2008-12-30 15:58

賢治の肖像・・・?

さまざまな本や文章に引用されているためか
いままで読んだつもりでいて
実は読んでいなかった本を読みました。
森荘已池著「宮沢賢治の肖像」。

この前の記事で、怒りのあまり
つい書きすぎたかな~と反省していたのですが
やはりそれは無用だったようです。

そのなかの「宮沢賢治と三人の女性」には
妹のとしさん、賢治につきまとい困らせた女性と伊藤ちえさんの三人が登場します。

森氏はいったい、どういう意図でこの文章を発表したのでしょうか。

としさんの記事もよく読んでみると大いに疑問なところがたくさんあります。
賢治を追いかけ回し困らせた女性=露さんの章は、
よくもまぁ、こんな妄想を書いたものだとあきれてしまいました。
レプラの話も、カレーライス事件も布団の話も中傷して回った話も、
全く信憑性のない話としか思えません。

賢治を偉大な人に仕立て上げたい一方で、こんなことを書くというのは妙なことです。
ひとつひとつあげればきりがないので
機会を見て、すこしずつ書いていきたいとは思いますが
それらをこれまで何の疑いもなく
真実として語り継いできた人々にもあきれてしまいます。

いったいこれはなんなのでしょうか。
どういうことなのでしょうか。
[PR]
by signaless5 | 2008-12-28 22:25 | 賢治

あかるくにぎやかな日に

先日、hamagakiさんのサイト、「宮沢賢治の詩の世界」
賢治の詩「今日は一日あかるくにぎやかな雪降りです」についての私の拙い記事を引用していただきました。

hamagakiさんによると、=この作品に日付として入っている「1927年3月4日」とは、羅須地人協会の「規約ニヨル春ノ集リ」が行われたはずの日=だそうです。

そして、賢治がこの集会を通知するために擦った葉書には、 
日時は3月4日の午前10時から午後3時までとあり、
さらに湯口村堰田の高橋末治氏の日記には、
「組内の人六人宮沢先生に行き地人会を始めたり 我等も会員と相成る」
と記されているということです。

詩でうたわれた「あかるくにぎやかな」雪降りの日が、
ほんとうににぎやかな日だったことに驚きました。
私はただ賢治が、雪の降る様子を
あかるくにぎやかだと表現したものだと思いこんでいたからです。
(私の勉強(?)不足ではありますが・・・(^^;))

羅須地人協会の集いはきっと文字通り
「あかるくにぎやか」におこなわれたのでしょう。
しかし、私はその明るさと対照的に
賢治の孤独の深さをいっそう感じてしまいました。

この場に嘉内が訪ねてきたら、どんなに楽しいだろう。
嘉内がいれば、どんな話をしただろう・・・。
そう思ったであろう賢治の心の裡に想いが及び、
胸が締め付けられるような気がしたのです。

なんとか理想をかたちにしたいと覚悟を決めて、
あえて苦難の道に挑んでいた賢治にとって
そこに集うのは志をひとつにしようとする仲間たちではあるけれど
どこの誰であっても、嘉内の代わりにはなれない。。。。

にぎやかなその日だからこそ
嘉内の不在が淋しくてしかたがない・・・。

そんなふうに思えてしまいました。
やはりこの詩は私にとって、
とてもとても、せつない詩です。
[PR]
by signaless5 | 2008-12-10 19:08 | 賢治