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花園農村の碑

先日、韮崎に行ったとき、「花園農村の碑」にも行ってきました。

賢治と嘉内の夢が刻まれたその銀河鉄道の形の碑を眺めていたら
胸がいっぱいになりました。

これまで、石碑といえば
言葉が刻まれた単なる石、
記念にはなるかもしれないけど
無味乾燥なものでしかないと、私はそう思っていました。
それがたとえ賢治のものであっても・・・です。

ところがこの「花園農村の碑」の前に立ったとき
何か暖かいものが流れ込んでくるような気がしたのです。

賢治と嘉内の想いが文面から伝わるのと同時に
ふたりのことを何とか形にしたいと力を合わせた人達の強い想いが
この碑には詰まっている・・・そんなふうに感じました。
なんと素晴らしい石碑でしょうか。

すぐそばには「ぎんどろ」の木も植えられています。
いつか大木になって、この碑を見守ってくれることでしょう。

花園農村の碑
ぎんどろの木
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by signaless5 | 2008-09-25 20:34 | 嘉内

賢治祭

昨日、9月21日は賢治の命日であり
花巻ではにぎやかに賢治祭が行われたようです。
今年は75年目でしょうか。

賢治関連のブログやなにかにも写真やその様子がアップされていて
行くことができなかった者を楽しませてくれています。
文明の利器に感謝、ですね。

そしてわたくしといえば
韮崎に行き、賢治の心友・保阪嘉内のお墓にお参りすることができました。
そして、さやかながらもこころあたたまる韮崎での賢治祭に参加させて頂き
ほんとうにすばらしい2008年の9月20・21日でした。


個人的にも、人生最高のできごとがあり
(決して大げさではアリマセン)
それを実現してくださったみなさんに
こころから感謝いたします

ほんとうにほんとうにありがとうございました
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by signaless5 | 2008-09-22 12:22 | 賢治

花巻祭り

今日から3日間、花巻ではお祭りです。

http://www.city.hanamaki.iwate.jp/sightseeing/kanko/1213320627206.html

でも朝の天気予報では岩手は大雨と出ていたような・・・?
このお祭り、400年も続いていたとは知りませんでした。

来週は賢治祭があるし、
花巻はしばらくにぎやかでしょうか。
私は生誕100年の時以来行っていませんから、もう、10年以上経ってしまいました。

「方十里 稗貫のみかも 稲熟れて み祭三日 そらはれわたる」

賢治が最後のお祭りを
どんな気持ちでながめたのかなぁ・・・
と、この歌を読むたびに思います
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by signaless5 | 2008-09-12 14:31 | 賢治

同じ詩でも

またまた、[今日は一日・・・]の続きです。

初めにコメントをくれた方は
「あなたとは春のこと」だと習ったようです。

この詩の「あなた」を「春」のことととらえた場合と
心友の「嘉内」だととらえた場合を比較してみましょう。

たしかに「明るくにぎやかな雪降り」とあります。

 もう一年も待ちこがれた(?)春がようやく訪ねてきてくれた。
 春であるあなたも、人間であるわたしたちも、うれしくてしょうがない・・・。

そういった、春のよろこびにあふれた
明るくわくわくするような詩になります。


しかし、あなたが「嘉内」であったならどうでしょうか。
うしろに添えられた歌からも、
賢治は過ぎ去った若き日の自分と友達のことを思い返しているのでしょう。

いまはもう、自分とは違う道を歩いている友。
もう一年もたよりを出していなかったな・・・・。
でも、もはやお互いそう簡単には会うこともままならなくなってしまった。
友はいまどんな道を歩いているのだろうか。
これからの自分にはなにが待ち受けているのだろうか。
会いたいけれど会えない友だち。
もうすぐ春だけれど・・・。

賢治の淋しい、嘉内を想う気持ちが
その明るい白い世界とは対照的にいっそうさびしく感じられて
私には胸が締め付けられるような詩なのです。


同じ一遍の詩でも
とらえ方で全く違う詩になります。

どれがいい、悪いではなくて
詩や文学とはそれだけ幅広く奥深いものだと思います。

それを一部の大人が安易に決めつけて欲しくはない、
ということです。
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by signaless5 | 2008-09-10 16:34 |

解説とテスト

賢治の詩[今日は一日あかるくにぎやかな雪降りです]についての続きです。

どうやらこの詩は中学1年生の教科書に載っているようですが
友達が、その解説テキスト(指導のポイント)とテストを手に入れてくれました。

短い詩なので載せておきます。


一〇〇四 [今日は一日あかるくにぎやかな雪降りです ]  一九二七,三,四

 今日は一日あかるくにぎやかな雪降りです
 ひるすぎてから
 わたくしのうちのまはりを
 巨きな重いあしおとが
 幾度ともなく行きすぎました
 わたくしはそのたびごとに
 もう一年も返事を書かないあなたがたづねて来たのだと
 じぶんでじぶんに教へたのです
 そしてまったく
 それはあなたの またわれわれの足音でした
 なぜならそれは
 いっぱい積んだ梢の雪が
 地面の雪に落ちるのでしたから

      雪ふれば昨日のひるのわるひのき
      菩薩すがたにすくと立つかな


まず、そのテキストには
 「もう一年も返事を書かないあなた」とは、一年ぶりに降った雪のことを指しているとありました。はたして、そうでしょうか。

書いた人がどこに住みどういう人かを全く無視すれば、そうといえなくもありません。
でも、この詩が書かれたのは3月。
賢治は岩手県に住んでいました。
3月に、一年ぶりに降った雪、というのは無理があると思います。

この解説をした人はなぜ、断定するのでしょうか。


テストのほうを見てみます。

この詩を読んで、次の問に答えよ、というものです。
ちなみにテストには作品番号だけで、日付はありません。
さらに最後に添えられている短歌も省いてあります。

 問一 この詩がいつ頃を題材にしていますか
  ア 春が間近に近づいた頃
  イ 春が終わりを告げる頃
  ウ 冬の気配を感じさせる頃
  エ 冬の寒さが厳しい頃

これには難なく答えることができます。

 問二 「大きな重いあしおと」は、何の音をたとえたものか。
 詩の中の言葉を用いて、二十字以内で答えなさい。

考えてみましょう。
これも何とか答えられます。

問題の「問題」は
問三です。

 問三 「あなたのまたわれわれの足音」にこめられた「わたくし」の気持ちを、次から選び記号で答えなさい。
  ア 春になるとあなたが訪ねてきてくれるので私は迎えに行こう。
  イ 春になったことで、自分だけでなく相手も(数文字欠落)ことを思い出しているだろう。
  ウ 春は相手のところだけでなく、自分のところにもやってきてくれるのだろうか。
                      
欠落しているところはおそらく、「自分の」と言う文字が入ると思います。

答えがわかりますか?

わたしにはどれだけ考えてもわかりません。
というか、この中からは永久に選べません。

今私が中学一年当時のかわいい(?)少女だったら
一生懸命考えて、どれかに丸をつけるでしょう。
でも、今の自分ならこんなテストは白紙で出します。

あるいは自分の意見を長々と書いて出したりして・・・・?
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by signaless5 | 2008-09-09 00:00 | 賢治