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誕生日

今日は賢治の112回目の誕生日です。

私が賢治と出会った(?)約30年前は
まだ「賢治が生きていれば・・・」ということも
充分あり得ることでしたが
112歳というのは、もう無理なことですね・・・。

私もトシを取ったということでしょうか。
がっくり。
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by signaless5 | 2008-08-27 09:23 | 賢治

正解!?

以前、[今日は一日あかるくにぎやかな雪降りです]
という詩についての記事を書いたのですが
実は、これは私の古いブログの記事から
賢治関係のものだけをひっぱってきたうちのひとつです。
その古い方のブログもまだ残してあるのですが、
そちらに久々にコメントが入りました。

『教科書に「あなた」とは春のことだとかいてある』

というのがその内容でした。

私は、教科書にこの詩が載っていることに驚きました。
賢治の詩の中でもマイナー(?)なもののうちのひとつだと思っていたからです。

しかし。。。。
「あなた」とは春のこと・・・
ああ、そういうとらえ方もあるんだ、おもしろいなぁ、と感心したのと同時に
それ以上に愕然として、しばらく考え込んでしまいました。

その教科書で学んだ子どもは、
テストに「あなたとは誰のことでしょうか」という問題がでたとき
「春」と書かなければ、丸がもらえないということです。

これは非常に情けなく、寂しく、恐ろしいことです。


私は教科書に載る詩や文章には、好きなものがたくさんありました。
でも、国語の授業は大嫌いでした。
それはやはりそういうことが多かったからです。

現在も小学生の娘の答案につけられた×に、
ひそかに毒づいていることも多いのですが
今回ほど、暗澹たる思いをしたことはありません。

何年経ってもこの国はこんな教え方しかできないのでしょうか。
これでは子供たちに、考える力や想像する力を持て、というのは無理なことです。

答えはひとつではない。
正解なんてない。

それが詩であり文学だと、思うのですが・・・。
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by signaless5 | 2008-08-21 09:58 |

「決別」?

大正10年7月18日
賢治と嘉内は宗教やこれからの生き方などを巡って激しく口論した、といわれています。
そしてそれはふたりの「決別」であった、と。

はたしてそうでしょうか。

わたしはそうは思っていません。

確かに嘉内は賢治の薦める日蓮宗には
どうしても入ることはできませんでした。
それは嘉内が自分とそして賢治に対して誠実であったからだと思います。
いいかげんな気持ちで、よく理解できないままでも、友の薦めに従うことは
簡単かもしれないし、波風もたたない。
でも、そ結局はれは誰に対しても欺いていることだと
嘉内は思ったに違いありません。

あの日嘉内は、賢治に、自分を納得させてもらいたかった。
しかし、賢治にはできなかった。。。。

ふたりは当時もはや、立場も環境も違っていたのです。
それぞれの道を探りながらすすんでいくほかはありませんでした。

形の上では、疎遠になっていたのかもしれません。
しかし、深いところではつながっていた。
ふたりはお互いのことをいつも意識しながら、まことのみちを求めていった、と私は思います。
少なくとも賢治は。

賢治にはいつも、こころのなかに嘉内があった。
それは賢治の作品を読めば、すぐに分かる。

そういう意味でも賢治は決してひとりだったのではなく
嘉内と一緒に「みんなのほんとうのしあわせ」を求めて
険しい道を歩いていったのだと思います。

嘉内もそうではなかったでしょうか。
嘉内の道も、けっして平坦ではありませんでした。
自ら求めて、人のために生きる道を選んでいたのです。

ときにはくじけそうになることもあったに違いありません。

そんなとき、お互いの胸にあったのは
お互いの存在と
かつてのあの岩手山に登った日の
ふたりの「誓い」だったのではないでしょうか。


「あの日」は決して「決別」などではなく
ふたりの「出発」の日だった、と私は思います。
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by signaless5 | 2008-08-07 09:38 | 賢治