広島に原爆が落とされた日の朝、
著者は、郊外の路上を広島に向かって歩いていた。
そして向こうの空がピカッと光ってから巨大な雲の山と
紅蓮の焔の大火柱を見る。
化け物のようなキノコ雲がグングン湧き上がる。
その時著者の妻は市街にいた。

間もなく放射能の影響で亡くなった妻への
手紙という形で綴られる本書。
著者が街に向かって歩くそのままの順で事実が淡々と書かれている。
ゆえに非常なリアリティをもって迫ってくる。
次第に増えていく被害者の数。
そして中心部に行くに従って
この世のこととは思えないような
阿鼻叫喚の地獄絵図となっていく…。


小倉豊文さんは、宮沢賢治研究の世界では有名な方であり
私もいくつかの文章を目にしてはいましたが
氏にこのような壮絶な体験があったことを
この本を読むまで、私は知りませんでした。

そのことを非常に恥じると共に
もっと広く、現代の人々にも読んでもらいたいと思います。

原爆の恐ろしさを伝える優れた本であると共に
日本人がいかにして「戦争」というものに同調し、
また「同調」させられてきたかもわかります。

原爆を落としたアメリカへの非難攻撃的な記述をしていないことに対して
小倉氏は「あとがき」にその心情を書かれていますが
疑問や不満を感じながらも面従してきた自分自身にたいする自己嫌悪と
罪の意識からだということでしょうか。
戦争の責任は支配階級だけでなく、
それに従うほかなかった国民全員の責任でもあるということだと
氏は考えていたのではないでしょうか。

私は最近坂本龍馬関係の本を読んでいて
軍国主義になっていった経緯は
維新前の尊皇攘夷派の流れだというようなことを知ったのですが
つまりはある意味、日本人の中に
そのような根強い気質のようなものがあったのだということであり、
良い悪いは別にして、どうにも避けられないものだったのかも知れないと
思うようになりました。

涼しい顔をして「戦争反対」を高らかに唱える私たちも
もし当時に生きていたら、果たしてどうなっていたかはわかりません。
過去の人々を非難することは簡単だけど
マスコミに踊らされ
政治家の口八丁手八丁に右往左往している現代の有様を見ると
とても確かな偉そうなことは言えないと思う。
それを充分理解しなければ
そして、戦争の悲惨さをしっかりと伝えていかなければ
また同じことを繰り返すのではないか…。
もちろん、私も含めて。
そう思うのです。

今年ももうすぐ8月が来るけれど
戦争や原爆のことをしっかりと取り上げるTVが
果たしてどれくらいあるでしょうか。

賢治が、昭和8年に亡くならず
あれからも生きていたらどうしていたか、という説を時々みかけますが 
今回小倉氏の考え・想いを知って
賢治に限ってそんなことはあるまい、と考えていた、
というか、そう思いたがっていた自分の認識の浅はかさを思い知りました。
それこそ、賢治を聖人化する以外の何でもないことだということも。
同時に、自分自身も、いざとなったらどうなるか、
ということすら確かではないということです。


罪もない人々が、
なぜあのような犠牲を払わなければならなかったのか。

「悪いことをすると地獄に堕ちるよ」とは昔からよく言われたものですが
あの人達はそれほど悪いことをしたわけでは、決してないはずなのに。
私はこれまで、凶悪な事件や悲惨な事故に遭ってしまう善良な人々のことを、
どう考えていいのかわかりませんでしたが
この本を読みながら思ったのは
彼等は、私たち全員の「罪」を背負ったのだ、ということでした。
キリスト教において「神は私たちの罪を背負われて磔になった」と言われるのと同じだと。

地球上に住む人類全員の罪を
あの人達は背負って亡くなったのだとそう思えば、
どれほど私たちはそれを自覚しなければいけないことか。
彼等の犠牲の上に
今の私たちの繁栄があることを
折に触れ、私たちは自覚しなければならないはずです。
私たちは決して彼等の犠牲を無駄にしてはいけないのだと思います。
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by signaless5 | 2010-07-01 21:25 |

『「宮沢賢治」の誕生』大角修著(中央公論社)を読みました。

賢治の短歌と年譜、記録等をもとに
大正10年(1921)の賢治、
特に4月の父・政次郎との関西旅行を中心に
賢治にとっての「法華経」と、文学との関係に迫っています。
そしてこの時、私たちが知っている「宮沢賢治」が誕生したのだと。


確かにこの年を境に、
賢治は大きく変わったといえるでしょう。

芋虫はサナギになり、暗い店先で苦しんでいた。
東京に出たことが最後の仕上げとばかりに
蝶になって舞い戻ってきた…。
東京に家出をする前と、花巻に帰ってきてからは
それくらい違いがあるともいえると思います。

大角氏は、賢治の作品を「法華文学」としてしまうことに違和感を述べています。
<賢治の作品を法華経の経文や天台・日蓮教学に還元して解釈する作業は、作品の世界を分解して破壊してしまうことがないようにしんちょうでなければならない。>
たとえ賢治が自ら「法華文学」と記したのだとしても
それは賢治の心の覚えであって
表面に出されるべきものではないのだと。

全く同感、と頷きながら読みました。

賢治にとって、法華経やそのほかの宗派がどういうものであったか、
また、父と旅した比叡山や奈良における賢治の心情、
そして国柱会との関わりなど、
これまで靄がかかって見えなかった部分が
この本によって、払われ、よく見えてきた気がします。

しかし、大正10年7月頃にあったといわれている
保阪嘉内との激論については
全くといっていいほど触れられていません。
保阪嘉内との関係は、
賢治の生涯に多大な影響を与えていると思われ、
このことについて何も書かれていないのは
少し不思議な気もしますが
でも、それは置いておいても
この本から教わったことは非常に大きいです。

個人的にも興味深かったのは
私の故郷でもある「伊勢・二見」の旅について。
この伊勢参りが雨降りだったことは
短歌にうたわれている情景からわかりますが
これほどの悪天候だったとは!

大雨と強風の中、親子二人して
内宮の鳥居をくぐり玉砂利を踏んで白い石に額ずいた姿を想像し
心ふるえるような思いになりました。

さて、伊勢について詠まれた賢治の短歌をみると
「伊勢。」と題された8首。
「内宮」と題された3首。
「二見」の1首。
合計12首です。

これらの短歌と、この本に書かれている内容を見ると
ある疑問が浮上してきます。

それは、「賢治はこのとき外宮に行ったのか?」というものです。

本書P48の1~3行目にはこうあります。
伊勢神宮には外宮と内宮がある。外宮は産業の神である豊受大御神をまつる。山田駅から徒歩十分ほどの距離だ。境内の各所にある衛士見張所で門の名を聞いたりしながら五十鈴川の宇治橋に向かったのだろう。その橋を渡ると、皇祖天照大神をまつる内宮である。


一方、大正5年の修学旅行での伊勢神宮参拝は
『校友会々報』に賢治自身が記事を残しています。
<先ず外宮に参拝し自動車にて直ちに内宮に向ふ。>


大角氏の文章をもう一度見てみると、「山田駅から徒歩十分」なら外宮に違いありません。
しかし、境内の衛士見張所に寄りそれから五十鈴川の宇治橋を渡った、というと
これは内宮のことです。
まず外宮があって、その奥または隣に内宮があるかのように読めてしまいます。

外宮と内宮は距離にして5Km以上はあるでしょうか。
賢治の報告にあるように「自動車」で行く、
或いは徒歩にしてもかなり歩かなくてはいけません。


さらに賢治の短歌ですが
「伊勢。」とある8首がまるで外宮の描写のように
とらえられてしまうかも知れませんが
これらは恐らくすべて内宮の描写です。
五十鈴川というのは内宮の西側を通ってから北東に向かって伊勢湾に流れ込んでいます。
外宮は内宮の北西に位置し、五十鈴川は流れていません。

衛士見張所は外宮内宮どちらにもありますから
内宮といいきることはできませんが
少なくとも5首目以降は内宮のことです。
つまり、「伊勢。」とある8首、「内宮」とある3首はすべて
内宮の歌ともいえないことはありません。
なぜ、賢治は3首にのみ「内宮」としたのだろうか。
ちょっと不思議な気がします。
短歌での賢治にとって「内宮」は、正殿のことを意味するのでしょうか。


このような疑問も浮上しましたが
「あとがき」にもあるように
この本が生まれるきっかけは、宮沢賢治研究会の比叡山ツアーだったということです。
私もできれば参加したかったと心底思いました。

父と賢治の二人の旅。
それぞれの想いが交錯する。
比叡山の行程はかなりきついものだったらしい。
宿についたのは夜10時くらいとか。
それもまた旅の面白さのひとつかもしれません。
その時は疲れ果て、大変だったかもしれませんが
後々の語りぐさになったかもしれません。
それもなんだかある意味親子の絆のひとつになり得たのでしょうか。

伊勢から比叡山、奈良への旅。
一度この親子と同じルートをたどってみることができればいいなぁ。
そんな夢も生まれたのです。

このところ出会う、賢治関係の本は
どれも素晴らしいのですが
この本もまた、私にとても豊かなものを与えてくれた本でした。
何度も読めばさらに理解が深まると思います。

ちなみに、「比叡山セミナー」と下山ルートについては
この本にも参考サイトとして登場する
『宮沢賢治の詩の世界』に詳しく報告されています。
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by signaless5 | 2010-06-25 17:45 |

寮美千子さんの『夢見る水の王国』上・下巻(角川書店)を読み終えました。
素晴らしい物語でした。

美しいイメージがこれでもかと押し寄せる。
まるで、賢治の
「ダイアモンドのトラストが 獲れないふりのストックを みんないちどにぶちまけた」というふうで・・・

少女が海岸で拾い集めた宝物を
パズルのように並べて作り出すモザイク模様・・・
まるで作中のそのシーンのように
一つ一つが輝いて美しいのに、
それらによって造り上げられた模様もまた
壮大な美しいひとつの物語になっている・・・
そんなふうにも感じた。

ただイメージが美しいだけでなく
そのなかに私は様々な意味を見つける。
すべてが生きている。
心に響く言葉があちこちにちりばめられている。

マミコはマミとミコという二つの分身になってしまう。
黒猫のヌバタマ。その眼はトパーズとサファイア!
そして角をとられた木馬のヨミは白馬になる。
世界の果てに名前を捨てに行こうとするマミ。
それを取り戻そうとするミコ。
傷ついたマミを守るヌバタマ。
くじけそうになるミコを励ますヨミ。

夢見る水の王国とは何処か、
マミとミコとはいったい誰なのか。
これがいったいなんの物語なのかを
私が最後に知ったとき、
そこからが本当の物語のはじまりであることに気づいた。


いい本、良かった本は沢山あるけれど
出会えたことに心底感謝したくなる本(=作家)というのは
そう多いわけではない。
私はこの寮美千子というひとに出会えて
ほんとうによかった・・・。
もっと早く知りたかった、とも思うが
きっと今が私にとっては最良の時だったに違いない。

(すべてがわたくしの中のみんなであるやうに
 みんなのおのおののなかのすべてですから)

賢治のいう、幾重にも重なった世界を
この人はこの人の言葉で伝えてくれる。


「童児(わらし)こさえる代わりに書いたのだもや」
といって賢治はたくさんの“子供たち”を残した。
その子たちから生まれたのがこの人の作品。
つまり、寮美千子の作品は賢治の孫に違いない・・・!
なんていうと、もしかしてご本人は不本意でしょうか。
それでも私は、作品を読みながらそう思えて仕方がなかったのです。


寮さんは、インドへの旅で
私の知る限りでも、3つの異なった物語を生み出した。
そのうちの2つ『楽園の鳥』とこの『夢見る水の王国』が
ほぼ同時に作者の中で進行していたことに驚く。
なぜなら、それらはまったく違う趣の作品。
人は多面性を持つけれど
こんな風にみごとにちがう形でつきつけられると
私はすっかりその魅力に捕らわれてしまう。

私の言葉ではとても寮美千子の魅力を
うまく伝えられないのがほんとうにもどかしい。
それより作品を読んで頂くのが一番なのでしょう。

次には岩手の遠野が舞台の新作が予定されているそうですが、
私には待ち遠しくてたまらないのです。
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by signaless5 | 2010-05-23 12:34 |

楽園の鳥

読みかけの本があったので、
それが終わってから読むつもりでしたが、
ちょっとだけ、と思って
最初のページを読み始めたらもう止まらず、
夢中で最後まで読んでしまいました。
「楽園の鳥・カルカッタ幻想曲」(講談社)という
寮美千子さんの本です。

バンコク・カルカッタ・ヒマラヤ・・・と、
自分も主人公ミチカと一緒に、この過酷な旅をしてきたような気がします。


「インドやネパールなどを舞台に主人公が自分探しのため、心の旅をする様子を詩情豊かに描いた長編小説。」(北陸中日新聞)

「脚のない「楽園の鳥」は飛びつづける。ディープ・アジアを旅する恋愛冒険紀行小説」(「BOOK」データベース )

自分探し?恋愛冒険小説?
ちがう様な気がした。
そうとも言えるのかもしれないが
私にはとてもそんな生やさしくものには感じられませんでした。


この小説の舞台はタイ・インドという、
現代の日本に住む我々には非日常的な遙かな異国ではあっても
実は自分のいるこの場所でも、
日々同じようなことが展開しているのではないか。
どこにいてもどこまで行っても、
決して自分から逃れることはできない。
自分を何とかできるのは自分だけ。

わかっていてもまた同じ事を繰り返す。
駄目だと思いながらも、変わることができない。


私にはとてもヘヴィだった。
読んだ後もぐるぐるといろんな事を考えた。

誰もが大なり小なり心に傷を持っているのではないか。
でも、それを他人のせいにしているうちは
決して癒されることはない。
人に頼っているうちは決して立ち直ることはできない。
支えにはなれても、人は人を救うことはできない。

人のせいにして生きるのは、楽だから。
 親のせいでこうなった、
 まわりのせいでこうなった、
 愛情をもらえなかった、
 酷いことをされた、
 望みが叶えられなかった、
 こんなはずじゃなかった・・・。
 戻らない過去のことにこだわって
 しがみついているのは自分。
 後を向いている人には未来は決して見えない。
 前を向くのは怖いかもしれない。
 でも、そうしなければ自分の欲しいものに
 手を伸ばすことはできない。
 取り損ねたものが過ぎ去っていくのをまた一つ、見送るだけ。

読後は、長い旅をしながら、
最後にはまた振り出しに戻ってしまったような強い疲労感。
この後もきっとまたミチカは男に去られ
代わりの男をみつけてすがりつくだけだろう。

疲労の原因は、最初にも書いたように、
私がまミチカに入り込んでしまい
喧噪と混乱の中に飲み込まれ彷徨ってきたから、
というのもあるかもしれません。

「社会にすんなり適応する人間は消費されちゃう。でも、ぼくらは規格外だから消費されない。その代わり、社会からはみだして生きざるを得ない。でもね、だからこそ見えてくるものがある。外側から見なければ、わからないものがね。そうやって見えてきたものをゆっくり社会に還元していけばいい。曲がっているから役に立てるってこともあるんだ。」
そう話すダンの言葉にもミチカは耳を貸すことはない。
彼は次第に狂気にむしばまれていってしまうが
ミチカの世界を裏返した現実の世界では
狂気に陥っているのはほんとうはミチカの方かもしれない・・・
などというのは考えすぎかもしれないですが・・・。


この物語には光が見えない。
最後には一筋の光がみえるはずだと思いながら読んだのだけれど・・・。
ミチカが思い描く幻想のような世界。
彼女はそこから出られない。

出られるのは、ミチカがこの世界を変えようと
本気で思ったときだけなんだろうと思う。

もちろん私もミチカの部分も持っている。
というより、えらそうなことをいいながら
その部分の方が多い。

でも、人は変われるはず。
インドでは神々でさえ複数の顔をもつ。
どの自分になるかは自分が選びとれる。
自分が描きたい物語のなかに入っていくことができるはず・・・と私は思う。

同じもがくなら
前を向いてもがく方がいい。
たとえそれが、無駄に終わったとしても。
叶うことがなかったとしても。
きっと苦しさは同じ。
だったらやるだけやってみようと思える。

・・・なんていいながら
現実には、頭だけで行動が少しも伴っていない自分が
ここにいるのではありますが・・・。
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by signaless5 | 2010-04-18 12:11 |

大河ドラマ「龍馬伝」を観たいな~と思いつつ見そびれてしまって
途中から観るのも癪なので
結局そのまま観ないでしまっています。

その代わりといっては何ですが
今、司馬遼太郎の「竜馬がゆく」を読んでいます。
もちろんこれは小説なので
「竜馬」をそのままを「龍馬」として、あるいは事実として受け入れることはできないにしても
ある程度は幕末の日本を知ることはできると思います。

第一巻の中程で、横須賀の長州藩の陣場に偵察に行った竜馬と
桂小五郎が出会う場面があります。
瞬時にお互いの本質を見抜き
才能を認め合い信頼しあう二人。

「この坂本竜馬だけは、たったいま眼をさまされた。もっとも眼をさましてもなにも見えちょりませぬ。しかしわしの眼もいずれ見えるじゃろ」
「坂本さん」
桂小五郎はいきなり竜馬の手をにぎった。小五郎は、十分に若いのだ。ふつふつとこみあげてくるものに堪えかねて、手がふるえた。
「やろう」

日本の未来を憂い、今はまだ漠然とした使命感を抱いているだけ。
それでも何かをしようと誓わずにはおれない二人の若者。

むむ・・・
どこかで見たような場面だ・・・。
と私の胸によみがえってきたのは
宮沢賢治と保阪嘉内の岩手登山での「誓い」。

できるできない、というのは二の次で
まずは日本(世界)のために自分は何かをするのだという強い想いを抱くこと。

そして、それを確認し共有する相手に出会えるというのは
幸せなことなんだと、あらためて思いました。

まぁ、そこまで大それた大志を抱かないまでも
私も、若い頃からたくさんの出会いを心がけ
それらを大事にしていたなら
もうちとましな方に進んでいただろうな~

・・・と、後悔しても始まらないので
これからの人生、もっとまじめに進んで行きたいと思います。

  Ah , but I was so much older then ,
  I'm younger than that now.
  ああ、あのときわたしは今よりもふけていて
  今はあのときよりも ずっとわかい
       (My Back Pages by BOB DYLAN)
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by signaless5 | 2010-03-28 15:05 |

最近、遠野物語に関する本を2冊購入しました。
一冊目は、水木しげるさんの漫画「遠野物語」
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2月に出たばかりの本です。
水木さんといえば子供の頃から「ゲゲゲの鬼太郎」の独特の世界が好きでしたが
遠野物語にぴったりではありませんか。
今まで描かれていなかったのが不思議なくらいです。


2冊目は、佐々木喜善さんが綴った「遠野奇談」
b0150143_938229.jpg


彼が柳田国男に遠野の不思議な話を語ったことから
「遠野物語」が生まれることになりましたが、そこに収録されなかった話が集められています。



今年2010年は、「遠野物語」発刊から100年になるとのことで
イベントもいろいろ計画されているようです。

昨年の岩手旅行の折りには
時間がなくて遠野に行くことができませんでしたが
1992年に訪れたときの印象は鮮明に残っています。

早池峰神社に行ったとき
お年寄りに混じって、3歳くらいの可愛らしい女の子がいました。
なんだかとても不思議な感じがしたのを覚えていますが
その子も今頃はいいお嬢さんになっているでしょうね・・・。
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by signaless5 | 2010-03-05 13:56 |

『イーハトーブ温泉学』

岡村民夫さんの『イーハトーブ温泉学』(みすず書房)をやっと読み終えました。

私は複数の本を同時に読みます。
病院などの待ち時間に読む本、
料理を作りながらでも読む本、
寝る前に読む本、
自分のための時間を作って、じっくり読む本・・・など。
出かけるときには必ず本を持つ様にしてから
読める本の数が断然増えました。

その中の「じっくり読む本」に入るのはやっぱり賢治関係の本です。
この『イーハトーブ温泉学』ももちろんそのひとつ。

じつに面白かったです。

これまで賢治と温泉といえば
子供の頃に大沢温泉の夏期の仏教講習会に参加したこととか
花巻温泉なら、あまりよい感情をもっていなかったが
花壇は造ったことがあるとか
そのくらいの認識しかありませんでした。

しかしこれほど賢治が温泉と深く関わっていたとは・・・!
考えてみれば当然かもしれませんが
これまで誰も、当たり前のようにそこ(花巻)にある「温泉」というものと
賢治とその作品との関係を取り上げるひとがいなかった、ということは不思議なことです。

私も花巻に行っても、現在の静かな表面しか見えていませんでした。
しかし、その地面の下には「生きた大地」が息づいているのだということ。
花巻の歴史、花巻の温泉街の歴史
賢治の生きた時代を、肌で感じるように知ることができました。

賢治の精神は、温泉・火山の上に生まれ育まれたのです。
そして作品も深く関わっている。
どの作品も、表面的には見えなくてもその地面の下には必ず地脈水脈がある。
そこかしこに温泉を吹き出してもおかしくないものを孕んでいる。
そんな気さえするようです。

リゾートとしての温泉、特に花巻温泉との関わりも
一言で開発に懸念を持っていたとは言えない複雑なものがあったのですね。

この本の魅力の一つに豊富な写真資料があります。
賢治が生きていた頃の古い花巻温泉などの写真など。
私は見開きいっぱいの、昭和初期の花巻温泉のほぼ全景の写真に
とても感慨深いものを感じました。
感動して涙が出そうになりました。
賢治が実際に造った「日時計花壇」や「対称花壇」などがはっきりと
そこに映し出されていたのです。
幻の「三角花壇」もありました。
賢治の生きた足跡がそこにありました。

賢治がここに描こうとしたものは
なんと素晴らしいものだったでしょうか。
今でこそ、ガーデニングデザイナーという職業がありますが
賢治はその時代にすでに現代でも充分通用する
斬新な美しい、調和と主張をもったアートを造りだしていたのです。
「南斜花壇」は文字通り斜面に造られ
他の花壇からはお互いに見られあう位置になっていたとか。

やはり賢治は「魔法使い」だったかもしれません。

ほかにもたくさんこの本に教えられたことはありますが・・・
テーマが温泉だったからか(?)
この本を読んでいる間中、
ずっと、温泉に浸かっているような
不思議な温かい心地よさのようなものを感じていました。

賢治と大地とのつながり。
イーハトーブとは何か。どんなところか。
少しそれがわかったような気がします。

たくさんのことをもらったような気がしますが
きっとまだまだよく理解できていないところもあると思います。
読み終えたあとでもう一度読み返したい、と思う本にはなかなか出会えませんが
これはその一つです。
たぶん何度でも読み返したいと思うかもしれません。

じつに面白かったです。
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by signaless5 | 2010-02-19 19:28 |

みんなのさいわいへ

『解離性障害ー「後ろに誰かいる」の精神病理』
   (柴山雅俊著・ちくま新書)という本を読みました。

専門用語が多く、
私には難しかった、というのが実感ですが
ではなぜこの本を読んだのかと言えば
やはり賢治のことが書かれてあったからです。

でもよくわからないなりになんとなくわかった部分もあり
(なんのこっちゃ)
特に、解離性障害というのはどういう感じ方をするのか、
ということは具体例が書かれていてよくわかりました。
(この本については「宮沢賢治の詩の世界」にも詳しく書かれています。)

賢治のことは第7章「解離とこころ」で書かれています。

この本を読んで、はっと思ったのは
それは賢治が7歳の時に遭遇した、級友が川に流され溺死した、という事件が
賢治に深い影響を与えていたのではということ、
それはきっと、幼い胸に深い深い傷となって
刻みつけられたであろう、ということです。

「賢治のこころは、誰かと一緒に寄り添って流れていきたいという思いと、人から引き裂かれる寂しさとが表と裏になって重なっていた。
賢治の魂は、いつも肉体や知覚といった表現の桎梏から解き放たれてながれていこうとする。それと同時に、流れてゆくことができないことのやり切れなさが綴られている。肉体が、現実がそれを許さないのだ。藤原健次郎、保阪嘉内、妹トシらとの関係がまさにそうであった。」

保阪嘉内についてはともかくとしても
賢治が、去りゆこうとする者に
激しく哀しい想いを抱くこと、その行方に執着すること、
その原点は、まさに
幼い日の衝撃的な事件だったのではないかと思ったのです。

ついさっきまで
一緒に遊んでいた友だち。
いたずらしたりからかったり、笑ったりして
今まで自分のすぐ隣にいたはずの友だちが、突然消えてしまった。
なぜ、どうして、
どこに行ったの・・・?

幼い賢治は、その事実をどのように受けとめればよいのか
わからなかったのではないでしょうか。
その悲しみを、どうすればよいのか
わからなかったのではないでしょうか。

恐らく、表面にはあまり出さなかったのかもしれません。
少し泣いた後は、またいつものように
学校へ行き、友だちと遊んでふつうに過ごしていた。
しかしその恐怖と悲しみは、誰にも吐き出せずに
こころの奥へと追いやられてしまった・・・
というのは私の妄想にすぎませんが
そのことが賢治の深層に影響を与えていたのでは、
という気がしてなりません。

たしかに賢治は解離の素因を持っていたとも思いますが
それは賢治だけではなく
一般にも大なり小なりそのような素因を持つ人は
いるのかもしれません。

しかし、賢治の意識は、個にとどまることを嫌い
外の世界、つまり“みんな”へと、流れ出した。

(すべてがわたくしの中のみんなであるやうに
   みんなのおのおののなかのすべてですから)

賢治の孤独と悲しみは私が思っていた以上に深いのかもしれず
その苦しみを乗り越えて
「みんなの幸い」への祈りに昇華させようとした賢治。

そこが賢治が賢治であるところなんだと
改めて感じたのでした。
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by signaless5 | 2010-01-31 13:11 |

「とりつくしま」

東直子さんの「とりつくしま」という本を読みました。

死んでしまった人が、想いを残した人の「モノ」になることができる
という話です。
たとえば母が息子のロージンバッグ(ピッチャーが投げるときに滑らないように指につける粉)になるとか・・・。
密かに想いを寄せていた師の扇子になった女性とか・・・。

ユーモアのある軽やかな語り口は
このようなテーマであっても決して重くならずに
さらりとここちよくすらあり、
時に吹き出すことも・・・。
でも、じんわりと心にしみてくる
なかなかすてきなお話です。

私がモノになるなら・・・と考えてみましたが・・・
その前に誰のモノになりたいとおもうかなぁ・・・。
家族みんなが集まってくるテーブルかなぁ。
なんて考えてしまいました。

東直子さんのプロフィールには「歌人」とありました。
短歌も読んでみたいなぁと思っていたら
宮沢賢治イーハトーブ館で
去年(2009年)行われた夏期特設セミナーの
鼎談のお一人というのを発見(?)しました。

どんなお話をされたんでしょうかねぇ・・・。
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by signaless5 | 2010-01-23 09:00 |

二つの一葉像

少し前になりますが、
樋口一葉に関する本を2冊読みました。

それまで私は一葉のことはほとんど知りませんでした。
図書館でたまたま目に止まった本を手に取ったのです。

一冊目は、仏門に入られた著名な作家、
もう一冊は江戸に関する著作を数冊だしておられる大学教授の著書で、
どちらも女性です。

感じたのは、恐らく一葉に関する同じような資料をもとに書かれていると思われるのに
まったく違ったとらえ方をされている、ということです。

前者は、一葉の書いた日記を中心に書いていますが
一葉の借金にからんで、男女関係に終始したような感があるのに対し
後者は、江戸文化の研究をされているだけあって
時代や文化を背景に一葉の文学の意味と意義を
分かりやすく説いてくれています。
一葉が「書く」ことで挑んだもの、
それが同時代の他の女流作家との違いであり
作家としての一葉の価値がよくわかりました。

男性中心の社会の中、
「そんなのはおかしい!」
「そんなのは嫌だ!」
と高く叫んだ一葉。

作品の中で、世の中の不条理、不公平、
底辺で生きる庶民のどうしようもない思いのようなもの、
それをしなやかな感性で書ききったのが
一葉ではないか・・・。
そういうことを教えてくれた気がします。

とはいえ、一葉の作品をまだきちんと読んでもいないので
偉そうなことは何も言えませんが・・・

同じ女性を論じるのに
こうも違うものかと、感心したというか
あきれたというか・・・・。
読み物としては大変面白かったですが
前者を一葉が読んだら
どんな気がするんでしょうか。

どのようにとらえるかは、全くの自由ですし
どれが本当でどれが違う、とは言い切れないことですが
たまたま手に取った2冊が
まったく対照的だった、というわけでした。
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by signaless5 | 2010-01-10 11:33 |