カテゴリ:緑石( 4 )

ひな祭り

今日はひな祭りですね。
この日が近づくといつも思い出すのはこれ、緑石のお雛様です。

うちにも娘が一人いますが
親になってはじめてその親心がわかるようになりました。
父親にとっては、「娘」というのはまた特別なのかもしれません。

最近、私のブログへの検索ワードに
「河本緑石」「河本緑石研究会」というのが入るようになりました。
とてもうれしく思います。
ひとりでも多くの方に緑石さんのことを知っていただければ
こんなにうれしいことはありません。

倉吉の地では「河本緑石研究会」の方々もがんばっておられるようです。
私も、次号の「ふらここ」を心待ちにしている一人。

近い将来、必ず倉吉を訪れる機会があることを
願っていますが・・・・。
うちからはどう考えても5時間以上はかかりそうです。
とすれば倉吉から韮崎までは、どれほどかかるんでしょうか。
そう考えると、昨年の韮崎での集いに緑石の娘さんの御舩道子さんが
来てくださったことは、こんなに“有り難い”ことはなかったのかもしれません。
(ただの一ファンの私でさえそう思うのですから、
アザリアの友たちにとってはどのように感じられたでしょう・・・)

今日は風が強いです。
緑石さんが落とすものを 何か拾えるでしょうか。
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by signaless5 | 2010-03-03 09:36 | 緑石

緑石忌

  死んで俺が水の中にすんでる夢だった

きょうは河本緑石(義行)が亡くなった日です。
昭和8年、緑石は勤めていた農学校の水泳訓練中、
溺れた同僚を助けたあと
心臓麻痺を起こし、自分一人で逝ってしまいました。

この句はその6年前に作ったそうですが
何か不思議な予感でもあったのでしょうか。

いつかきっと、緑石さんのすむ海を見にいきたいと思います。
青い青い海の中で
案外悠々と泳いでいるのかも知れません。
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by signaless5 | 2009-07-18 09:00 | 緑石

緑石さんの手紙

「賢治研究 第70号・宮沢賢治生誕百年 記念特別号」(宮沢賢治研究会・1996.8.27発行)には、アザリア4人の遺族のエッセイが寄せられています。

小菅充さん、保阪庸夫さん、御舩道子さん、宮澤雄造さん。
私は時々、これを取り出して読みます。
それぞれの深い想いが伝わってきて
読むたびに胸がいっぱいになります。


中でも、御舩道子さんのものは何度読んでも
涙なしでは読めません。

緑石さんがどれほど愛情の深い優しい人であったかは
手作りのお雛様や、前の記事でも書いた明倫小学校の校歌、
そして、兵役を解かれる15日前に書いたといわれる手紙などを
読むとよくわかります。


『少尉殿になるかならぬかは今はすでに問題ではない、早く帰へりたいのが一恵、静かに暮れて行く雪の夕べにほのぼのほのぼのと心はをどるのである。一五日一五日一五日一五日山鳥はそこに居る、青い小鳥赤い小鳥おゝ其の楽しい日は二週間の后である、長い長い間追ふてゐた小鳥は早目前にせまって来た、もうこの小鳥はにげたりはしない、今度はもう、生活の小鳥をしみじみ愛しながら生きねばならなね、おゝ友なる小鳥よ、二羽の小鳥よ君等の友の小鳥は今籠を出て、君等の野へと帰へり行く。おゝ帰へり行く、帰へり行く、楽しい暖かい私達の巣がなつかしい、手紙をくれるように手紙をくれるようにもう一五日だ毎日くれくれ、家はどうなりましたかこぼされましたか、どこに寝てゐますか、何も今は考へるひまもない。おゝ胸がをどる胸がをどる小鳥の胸は空に飛びあがって舞ふてゐる、萬歳萬歳。』

検閲が厳しかった時代、まだ一歳だったわが子宛、と見せかけて
じつは妻に書いたラブレター。

自分の妻に素直な愛情表現をする男性など
まだまだ少なかったと思われるこの時代に、
何という素敵な手紙を書く人でしょう。


それから、小学三年生で事故で亡くなられたお孫さんのこと。
初めてこれを読んだとき、私の娘もちょうど小学三年でしたので
とても切なかった・・・、重なってしまって、辛かった、
でも、相手にも家族があり、お孫さんもそれを決して望まない、と、
訴えることもしなかったといいます。

この愛の深さは、緑石さんの心そのもの。
緑石さんは、道子さんの中にしっかり
生きておられるのですね。
そしてまた、次の世代にも受け継がれていくのでしょう。


緑石さんがどんな存在かといえば
やっぱり、ふっと心を温めてくれるような
そしてちょっと泣きたくなるような・・・


緑石さんからの手紙は奥様によって大切にしまわれていたそうです。
それらの手紙集が近々出版されるようなお話もあるとのことなので
ぜひとも実現してほしいな・・・と思っています。
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by signaless5 | 2009-07-06 17:28 | 緑石

ロク様!

イーハトーブの旅の反芻と平行して
このところロク様漬けの日々を送っています。
(河本緑石さんのことを私が勝手にそう呼んでいるだけです!)

鳥取の倉吉には「河本緑石研究会」があります。
これまでに機関誌と叢書をそれぞれ3号ずつ発行していて
着々と活動されている様子です。

機関誌、叢書ともに「ふらここ」といい、ブランコの意味で、

 海は
 はるかなり
 砂丘の
 ふらここ

という緑石の句からとられています。

緑石さんの作品は
まっすぐに心に入ってくるような気がします。

温かな愛情あふれるものがあると思えば
たまらなく淋しく激しく鋭いものがあったりします。
どちらも、緑石さんの魂です。
不思議なことに、違和感はありません。
むしろ、どうしようもなく惹かれてしまいます。

緑石さんの作品には
時々、あまりの美しさに涙がでるようなものがあります。

少しずつ、ご紹介できればと思っていますが、
まずは小学校の校歌として作詞したものを・・・。


 明倫小学校 校歌

あおいそら あおいそら  さくらさきみち  めぐむもの
われらいま われらいま のぞみはたかし うつくしし
あおいそら あおいそら  さくらさきみち  めぐむもの

ひかりゆれ ひかりゆれ あおばかがやき まなびやに
われらいま われらいま ともにてをとり   すすまなん
ひかりゆれ ひかりゆれ あおばかがやき まなびやに

てんじつよ てんじつよ だいちはてなし ちちははよ
われらいま われらいま おおしくこころ きたわなん
てんじつよ てんじつよ だいちはてなし ちちははよ

ゆきつみて ゆきつみて ほしよきらけき みねのまつ 
われらいま われらいま いのりささげん さちのひの 
ゆきつみて ゆきつみて ほしよきらけき みねのまつ



私はこんな美しい校歌をほかに知りません。
小さな一年生から大人まで
誰の胸にも響く美しいうた。

「審美・探求・鍛錬・信仰」という草稿メモが残っているそうですが
日本の四季と、子供たちへの願いを重ね合わせた
素晴らしいものだと感じます。

私はこれを読むたびに、ほんとうに涙が出てしまいます。
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by signaless5 | 2009-06-25 16:51 | 緑石