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長篠古戦場

前回キャンプの記事を書きましたが
その場所は愛知県の新城市の鳳来寺というところにあります。

毎回、そこに行くのに長篠というところを通ります。
途中には貼り付けになった褌姿の侍の大きな看板があり目を引きます。

GWの時期にはお祭りをやっていて道路の両側には「のぼり」がにぎやかに立っていて
その中を通っていつもキャンプ場に行くのです。

長篠の合戦場ということは知っていましたが
歴史にうとく、勉強しても右から左だったので
誰と誰が戦ったのかは知りませんでした。
そんなことではツマラナイと思い、ちょっと調べてみたらびつくり。

なんと、甲斐の武田軍と、織田・徳川連合軍の戦いだったようです。
長篠設楽原の戦い

こんな身近に、嘉内の故郷・山梨と縁の深い場所があったとは!
そういえば「のぼり」には、菱形が4つ組み合わさった「武田菱」も書かれてありました。
このマーク、最近どこかで見たぞと思っていたら
お土産でもらった「ほうとう」の紙袋にも書かれていたのでした。

また「ほうとう」が食べたくなってきました・・・・(殴)

ちなみに「貼り付け」になっている侍は
長篠城城落を目前に、救援に走って戻る途中捕らえられた
鳥居強右衛門の姿だと思われますが・・・
なんとも迫力があります。
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by signaless5 | 2009-05-10 12:28

清張と高太郎

今年は松本清張生誕100年だそうです。

生誕100年といえばどうしても
1996年の賢治の時の“お祭り騒ぎ”を思い出してしまいますが・・・。

家族が松本清張のファンで
これがおもしろいと進められたのが「半生の記」(新潮文庫)です。

清張が小説家になる直前までどのように生きてきたかを書いたものですが
非常に興味深く読みました。
あの多作家が、小学校しか出て居らず、
大変苦労して、地の底をを這うような生活をし
40歳を過ぎるまでおおよそ小説など書いたことがないとは・・・!

本文自体は、小説を書く直前で終わっていますが
「あとがき」には、小説家になったいきさつが書いてあります。

ふと応募を思い立った懸賞小説を書いている途中
落としたペンシルの代わりを買うこともできなかった清張。
しかし彼はその作品「西郷札」で3等に入り、しかも直木賞候補にまでなりました。
以下は引用です。

  初めての小説が直木賞候補になったことが私に野心を持たせた。
  そのころ、『三田文学』を編集しておられた木々高太郎氏に掲載紙
  を送ったところ、何か書くようにといってこられた。 二度にわたって
  原稿を送ったが、どちらも掲載された。あとの『或る「小倉日記」伝』が
  芥川賞になった。

木々高太郎!

この名に覚えがあった私は思わず「えっ」と叫んでしまいそうになりました。
清張の世に出るきっかけを手助けしたのは
なんと嘉内の親友だった、というわけです。
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by signaless5 | 2009-04-21 18:42

隅田川

水はよどみて日はけぶり
桜は青き 夢の列(つら)
汝(な)は酔ひ痴(し)れてうちおどる
泥洲の上に うちおどる

母をはるけき  なが弟子は
酔はずさびしく そらを見る
その芦生への  芦に立ち
ましろきそらを  ひとり見る

隅田川と題された文語詩があります。

「なが弟子」というのが、自分=賢治のことなのか或いは他のだれかのことなのか。
説がいろいろあるようです。
私としては「なが弟子」とは、
賢治と同じく関教授のもとで学んだ保阪嘉内のことではないかという気がしていました。

そのような話をしていたところ、
この詩の下書きには「甲斐より来たる」とあるとの指摘を
『宮沢賢治と「アザリア」の友たち』のAzalea氏より頂きました。
こうなるとやはり「母をはるけきなが弟子」とは、母を亡くした嘉内以外考えられません。

高等農林をはっきりとした理由もわからないまま突然退学処分とされた嘉内。
関豊太郎氏は、教え子の力になってやれなかったという想いが
ずっと胸にあったのではないでしょうか。

賢治と久しぶりに会って、嘉内はどうしているかと話題が出ても不思議ではありません。
師弟で花見をしながら
故郷の山梨に帰って一人淋しくいる嘉内に想いをはせる。

酔っておどる師の胸のうちと、遠く離れた心友の胸のうち・・・。

そう思って読むと
この隅田川の桜は、なんとせつない桜でしょうか。
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by signaless5 | 2009-04-07 08:32

見つめるということ

「あなたはむかし、私の持っていた、人に対してのかなしい、
やるせない心を知って居られ、またじっと見つめて居られました。」

嘉内に手紙でこう書き送った賢治。
賢治が苦しみ悩んでいたとき、それをそばで嘉内はずっと見ていたのでしょう。
友達とは、そういうものなのだと思います。

岡林信康の歌に「君に捧げるラブ・ソング」というのがあります。
これはじつは癌で死にゆく親友に送った歌だそうですが
なにもしてあげられないもどかしさ、無力感を歌っています。

でも、ほんとうの友達、ほんとうの人を想う気持ちとは
そういうことではないかと思うのです。

けっして人は他人に代わることはできません。
しかし大切なことは、そして行いがたいことは
黙ってそばに寄り添うこと。
なにがあっても目をそらさずに、じっと見守っていること。

「あなたはむかし、私の持っていた、人に対してのかなしい、
やるせない心を知って居られ、またじっと見つめて居られました。」

賢治はどれほど嘉内を信頼し
どれほど嘉内によって救われていたことでしょうか。

このような短い一文からも
賢治と嘉内の友情が非常に深いものであったことを知ることができると思います。
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by signaless5 | 2009-04-05 16:53

劇車「銀河鐵道」という名称で、「ひとり語り」という活動をしている方があります。

私の所属している読書会では
毎年、その方に来て頂いて“口演”をしてもらっていますが
もうすでに10年を越えました。

たいていはさねとうあきらさんなどを中心に
いろんなものをやって頂いていますが
ここ2年は続けて宮沢賢治作品に絞って演じていただいています。

その方は古くからの賢治ファンですが
会のメンバーからして賢治はどうも取っつきにくい、わかりにくい、というような声が大きく
これまではなかなか賢治をやってもらうまでには至らなかったようです

その方が今回、こんなことを話してくれました。
 「以前は、自分にとって賢治は癒やしの存在だった。
 病気をしたこともあって、そんな自分を賢治は自分を救ってくれた。
 でも、最近は、賢治は自分を映す鏡のような存在に変わってきたんです。」

私にとっても大いにうなずけることでした。

賢治はともすれば自己犠牲的精神を大きく取り上げられ、
聖人や救世主のように崇められ
自己に厳しいストイックな面を強調され
悲愴なイメージがつきまとっているのかもしれません。
しかし、その方にとって、はじめから賢治はけっしてそういう人ではなく
明るく暖かく、ユーモアあふれる人で、自分を包んでくれたといいます。

多面的な賢治は、見る人によって、さまざまな面を見せてくれる存在であり
広い分野において、専門の立場にある人にとっても非常に興味深いようで、
いろんな方がいろんな賢治を語ってくれます。
賢治に接して、何がみえるかというのは
その人が何を知っているか、何に興味があるかということに依るのだと思います。
同じように、何を感じるかは、その人がどういうひとかに依る・・・。

賢治という存在は、やはり自分を映す鏡、かもしれません。
そう考えると、自分が賢治について語るということは
結局は自分を語っている・・・ということであり
怖いような気さえします。

しかし、何もこれは、賢治に限ったことではないような気がします。

世の中のあらゆることにも言えることだと思います。
そのとき自分が、何を感じ、何を見るか。

同じ人に会っても、同じことが起きても
反応や感じることは100人いれば100通りあるはずです。

たとえば、運転中に横断歩道を渡る親子連れを待っているとき
「雨の中を、小さなこどもを連れて大変だな~」と思うか
「さっさとわたらんかいっ」とイライラするのか。
その後、子育てについて考えて、支援活動に発展する人もいれば
猛スピードで走り抜けて、おまわりさんに捕まってしまう人もいるでしょう。
これは極端な例かもしれませんが
世の中は全て、そういうことの繰り返し。
あらゆることが鏡かもしれません。
自分をよく見て、反省したり、ここはいいところだからもっと輝かせようと思ったり。
そうできる人間でありたいと思います。

ふたたび賢治にもどると、
研究や評論などで賢治の何を取り上げるかでその人がわかるし
実際の賢治に会ったことのある人は、賢治をどうとらえていたか
どういう面を語るかでその人がわかってしまうのではないでしょうか。

そんなことを書きながら、
「ということは、いろんなことをブログで書き散らしていると自分というものが
人にしれてしまうのだ・・・」と、びびってこれからは書けなくなってしまうのでした~。
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by signaless5 | 2009-03-18 12:27

役割

宮沢賢治記念館が建った頃
私はまだ花の十代で、
賢治に関する物が展示される場所が出来たことが
とてもうれしかった記憶があります。

しかし、それだけではなく記念館には重要な役割、
すなわち賢治の遺した物を
きちんと分類・整理・保存し、最良の状態に保つということがあったのです。

清六さんにとってそれがどんなにうれしいことだったか。
それが一番の願いであったはずだということに
最近になってようやく思い当たりました。

決して大げさではなく、命がけで、兄の原稿を守ってきた清六さんにとって
今後非常に長い年月にわたって、それらを保護し、残すことを約束されたようなものであり
それはどんなに清六さんを安堵させ、よろこばせたことでしょうか。

そんなことを考えていたら
ある方にもぜひとも
そういう喜びを味わっていただきたい
いえ、味わって頂かなくてはいけないのだ・・・と思いました。

たいせつなたいせつな、父の遺品であり
賢治にとっても、重要なもの。
アザリアの他のメンバーにとっても、たいせつなもの。
それらをきちんと後世にも残せるようにして、
その方に、心から安心していただけるようになりたい・・・。

とはいっても、私は無力な一嘉内・賢治ファンでしかありません。
偉そうなことを言っていますが、
大それたことはできません。
でも、それを願うことはできます。
そういう想いを書いて人に見てもらうことは出来ます。

ひとの祈りは必ず天に通じると思います。
一刻も早く、その日が来ることを祈ります。
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by signaless5 | 2009-03-12 09:59

本の中

子供の頃、好きだったTVアニメに
「魔法使いサリー」というのがありました。
(トシがバレる・・・)

いまだにいくつかのお話を覚えていますが
その中でも特に印象深く好きだったものがあります。

魔法使いは、本を読むことを固く禁じられていました。
ところがサリーは、みんながあまりにも面白そうに本を読むので
掟を破ってこっそり読んでしまいます。
それが樋口一葉の「たけくらべ」でした。

サリーは気付くといつのまにか、その中の主人公「美登利」になっています。
魔法使いは、本を読むと、その本の中に入り込んで
出られなくなってしまうのでした。

結局、魔法使いの王であるサリーの父に助けられる、
という話だったと思いますが
雨の音・格子窓・下駄の鼻緒といったなんともいえない風情が、
あまずっぱい切なさとともに甦ってきます。

まだほんの小さな子供だったと思うのですが
なぜかそんなことも、ちゃんと感じ取っていたんだなぁ・・・と
我ながら驚きとともにときどき懐かしく思い出すのです。

そして、もし、本当に本の世界に入れるとしたら
何がいいかな~といろいろ想像するのも楽しいのです。

でも、二度と出てこられないとしたら
慎重に選ばなくてはいけませんね。

う~ん。
もしかして、賢治の年表や伝記(?)でも読めば
賢治と会えるんでしょうかねぇ・・・・(殴)
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by signaless5 | 2009-02-10 18:20

童児(わらし)

大正10年、家出先の東京から戻った賢治は、
トランクいっぱいの原稿を家族に見せて言いました。

「童児(わらし)こさえる代わりに書いたのだもや」

それらの作品は私たちに、
宮沢賢治という人が、何を考え、どう生きたかを伝えてくれました。
生涯独身で、子供のなかった賢治にとって
その作品は、ほんとうに我が子のような存在かもしれません。


さて、嘉内はどうでしょうか。

賢治のようには自分の想いを伝える時間と術を
満足に得ることができなかったのかもしれません。
賢治のようにはたくさんの人々にもてはやされるような作品を
残さなかったかのもしれません。

でも、それはたしかに受け継がれたのです。
自分とそして賢治の、想いと生き様を見据え、伝えることを託したのは、
当時10歳であったほんものの「童児(わらし)」だったのではないでしょうか。
(当人が意識しようがしまいが-です)


賢治がのこした童児と嘉内がのこした童児。
私はそのどちらにも出会えたことに感謝します。


こんなふうに書くと
お叱りを受けるかもしれませんが
私はいたって、まじめにそう思うのです。
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by signaless5 | 2009-01-23 18:54

謹賀新年2009

こんな時代だからこそ
夢をたくさん持っていたいな~と思います

そしていつも
小さなことにも感謝し幸せを感じることができる
自分でありたいと思います

今年もどうぞよろしくお願いします
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by signaless5 | 2009-01-04 15:49

ありがとうございました

今年も残すところ後一日となりました。
月日のたつのはほんとうに早いものです。

このブログもなかなか思うように更新できませんでしたが
拙い記事を読んでくださった皆様、
ほんとうにありがとうございました。

来年もきっとこのような調子だと思いますが
出来る限りアップしていきたいと思いますので
どうぞよろしくお願いいたします

この一年、私自身、夢を持つことの大切さを
身に染みて感じました。

いくつになっても
どんな状況でも
夢があれば、きっとうまくいきます

ことし出会えた方、いろんな角度から触れあえた方、
ずっと仲良くしていただいている方、
みなさんからたくさんのことを教わり
たくさんの希望や勇気をいただきました。
ほんとうにありがとうございました。

来年もどうぞよろしくお願いします。
みなさんにとってよい一年になりますように!
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by signaless5 | 2008-12-30 15:58