賢治の恋

賢治は禁欲主義とか
女性には興味がなかったとか
まことしやかにいわれていた時期がありました。
今でも、そのように考えている人も少なくないかもしれません。

まぁ、あまりそういったことは、話題として取り上げることすら
ほんとうは気が進みませんが。


人は一生のうちに、いろいろと考えも変わります。
一時期の言動だけを取り上げて
決めつけるのも変ですし。
童貞だったなどと本気でいいふらしていた人たちは
かえってお気の毒です。
まして、妹への想いが強すぎるから異常愛だというのも、
あまりに奇天烈な意見だと思います。


しかし、賢治は生涯結婚をしなかったというのも事実です。
晩年は病気がちだったこともあるのでしょうが
健康で、いろいろと活動をしていた時期でさえ
俺は嫁などいらない、みたいなことを言ったとか言わないとか・・・。


賢治には「恋」を思わせる詩や作品けっこうあります。
実際、結婚話が持ち上がった、といわれる女性も何人もいたりします。
賢治が逃げ回ったという女性、強く想いを寄せたといわれる女性。
その他もろもろ・・・・?

いづれにしても、賢治がその気にさえなれば
いつでも結婚できたでしょうし
本人も“あやうく”その気になりかけた女性もいるようです。

でも、なぜ、賢治は、結局はそれを拒んだのでしょうか。

   
詩、「小岩井農場」のパート9の最後にはこうあります。

   
   もしも正しいねがひに燃えて
   じぶんとひとと万象といっしょに
   至上福祉にいたらうとする
   それをある宗教情操とするならば
   そのねがひから砕けまたは疲れ
   じぶんとそれからたったもひとつのたましひと
   完全そして永久にどこまでもいっしょに行かうとする
   この変態を恋愛といふ
   そしてどこまで進んでもその方向では
   決して求め得られないその恋愛の本質的な部分を
   むりにもごまかし求め得やうとする
   この変態を性慾といふ
   すべてこれら漸移のなかのさまざまな過程に従って
   さまざまな眼に見えまた見えない生物の種類がある
   この命題は可逆的にもまた正しく
   畢竟わたくしにはあんまり恐ろしいことだ
   そしていくら恐ろしいといっても
   それがほんたうならしかたない
   さあはっきり眼をあいてたれにも見え
   明確に物理学の法則にしたがふ
   これら実在の現象のなかから
   あたらしくまっすぐに起て
   明るい雨がこんなにたのしくそそぐのに
   馬車が行く 馬はぬれて黒い
   ひとはくるまに立って行く
   もうけっしてさびしくはない
   なんべんさびしくないと云ったとこで
   またさびしくなるのはきまってゐる
   けれどもここはこれでいいのだ
   すべてさびしさと悲哀とを焚いて
   わたくしは透明な軌道をすすむ
   ラリックス ラリックス いよいよ青く
   雲はますます縮れてひかり
   わたくしはかっきりみちをまがる


賢治の痛々しいまでのこの孤独感はなんでしょうか。

賢治に、「じぶんとそれからたったもひとつのたましひと、完全そして永久にどこまでもいっしょに行かうとする」ことは正しいことではない、と思わせてしまったものは何でしょうか。


かつて賢治にはどこまでもどこまでも、いっしょに行きたかった人がいた。
しかし、その願いは無惨にも敗れてしまった。
あんなに信じていた、あんなに大切に思っていた人だった。
悲しみ、苦しんだ、もう、二度と、
そんな思いはできない、したくはない。

そう思ってしまったとすることは
あまりに安易でしょうか。

でも、心の傷か深ければ深いほど
再び人を、魂をかけて愛するということに怯える、
それは充分あり得ることだと思います。

「その人」が誰であるかは、ともかく
それだけ賢治は、その人への想いが強かったのだと思いますが。

またいつもの妄想癖がでたようです・・・



   
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by signaless5 | 2008-10-10 16:30 | 賢治