ジョバンニの切符

「おまへはおまへの切符をしっかりもっておいで。」
突然カムパネルラがいなくなった後、やさしいセロのような声が、ジョバンニに何度もいう言葉。

この切符とは、ジョバンニだけが持っている、
どこまででも行ける“天の川のなかでたった一つのほんたうの”切符のこと。
その声の主と話をした後、ジョバンニはお母さんの牛乳をもらいに行く・・・

そこで終わるはずだった「銀河鉄道の夜」は
親友の河本義行の死で大きくラストが変わります。
それは賢治の死の約2ヶ月前のこと。

カムパネルラが友達を助ける為に川に入って死んでしまう、というのは
同じように人を助けようと海に飛び込んで死んだ河本義行のことに違いないと思います。
青春の日々を共にした親友の死が、賢治にとってどれほどの衝撃であったかは計りしれません。

それを加えると同時に、削ってしまった「セロのような声」との対話。
賢治の考えをもっともわかりやすく表していたこの部分を
なぜきれいさっぱり、切り捨ててしまったのでしょうか・・・・。

賢治が書いた手紙のうち、現存する最後の日付のあるものは、
かつての教え子の柳原晶悦あての手紙です。

(昭和8年9月11日)
『・・・私のかういふ惨めな失敗はたゞもう今日の時代一般の巨きな病、「慢」といふものの一支流に過って身を加へたことに原因します。僅かばかりの才能とか、器量とか、身分とか財産いふものが何かじぶんのからだについたものででもあるかと思ひ、じぶんの仕事を卑しみ、同輩をあざけり、いまにどこからかじぶんを所謂社会の高みへ引き上げに来るものがあるやうに思ひ、空想をのみ生活して却って完全な現在の生活をば味わふこともせず、幾年かが空しく過ぎて漸くじぶんの築いてゐた蜃気楼の消えるのを見ては、たゞもう人を怒り世間を憤り従って師友を失ひ憂悶病を得るといったような順序です。・・・』

賢治は決してここに書かれているような、利己主義で傲慢な人間ではなかったはずです。にもかかわらず、ここに書かれている深い反省、というにはあまりにも深い後悔の念は、尋常ではありません。

賢治は、自分の信ずる法華経のみが正しく、人を救うただ一つの道であって、
他の道は取るに足らない低いもので、本当に人を救うことにはならないと思っていました。
嘉内に強く信仰を迫ったのも、その後に模索しながらその道が正しいことを“証明”しようとしたのも、強くそう信じていたからこそでしょう。

ところが。
様々な挫折を味わい、病に伏し死を覚悟したとき、賢治は恐らく気づいてしまったのです。
自分だけが「どこまででも行ける切符」を持っているのではなかったことに。
道は決して、「たった一つ」ではなかったことに。
『風のなかを自由にあるけるとか、はっきりした声で何時間も話ができるとか、
じぶんの兄弟のために何円かを手伝へるとかいふやうな』当たり前に見えることこそ、
本当は尊く、「神の業に均しい」のだと気づき、人が生きて誰かのために何かをする、そのことこそが、本当の道だと、思ったのではないでしょうか。
カムパネルラもまた、その手には小さなねずみ色の切符ではなく、
ジョバンニと同じ切符を持っていたのです。
カムパネルラだけではありません。
誰でもが「どこまででも行ける特別な切符」を持っているのです。
その事に気づいて、ちゃんとそれを使うかどうかは、そのひとにかかっている。
私もそう思います。

『上のそらでなしに、しっかり落ち着いて、一時の感激や興奮を避け、楽しめるものは楽しみ、苦しまなければならないものは苦しんで生きていきませう。』
もはや、残り時間の少なくなった賢治が最後に言ったこの言葉は
私にはとてつもなく深く、重いものに感じられるのです。

賢治は手紙の最後にこう書きました。
『また書きます。』

私はそのうちにまたどこかで
生まれ変わった賢治が何かを書いてくれるのを、
楽しみに待っているのですが。
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by signaless5 | 2008-10-05 15:58 | 賢治