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みんなのさいわいへ

『解離性障害ー「後ろに誰かいる」の精神病理』
   (柴山雅俊著・ちくま新書)という本を読みました。

専門用語が多く、
私には難しかった、というのが実感ですが
ではなぜこの本を読んだのかと言えば
やはり賢治のことが書かれてあったからです。

でもよくわからないなりになんとなくわかった部分もあり
(なんのこっちゃ)
特に、解離性障害というのはどういう感じ方をするのか、
ということは具体例が書かれていてよくわかりました。
(この本については「宮沢賢治の詩の世界」にも詳しく書かれています。)

賢治のことは第7章「解離とこころ」で書かれています。

この本を読んで、はっと思ったのは
それは賢治が7歳の時に遭遇した、級友が川に流され溺死した、という事件が
賢治に深い影響を与えていたのではということ、
それはきっと、幼い胸に深い深い傷となって
刻みつけられたであろう、ということです。

「賢治のこころは、誰かと一緒に寄り添って流れていきたいという思いと、人から引き裂かれる寂しさとが表と裏になって重なっていた。
賢治の魂は、いつも肉体や知覚といった表現の桎梏から解き放たれてながれていこうとする。それと同時に、流れてゆくことができないことのやり切れなさが綴られている。肉体が、現実がそれを許さないのだ。藤原健次郎、保阪嘉内、妹トシらとの関係がまさにそうであった。」

保阪嘉内についてはともかくとしても
賢治が、去りゆこうとする者に
激しく哀しい想いを抱くこと、その行方に執着すること、
その原点は、まさに
幼い日の衝撃的な事件だったのではないかと思ったのです。

ついさっきまで
一緒に遊んでいた友だち。
いたずらしたりからかったり、笑ったりして
今まで自分のすぐ隣にいたはずの友だちが、突然消えてしまった。
なぜ、どうして、
どこに行ったの・・・?

幼い賢治は、その事実をどのように受けとめればよいのか
わからなかったのではないでしょうか。
その悲しみを、どうすればよいのか
わからなかったのではないでしょうか。

恐らく、表面にはあまり出さなかったのかもしれません。
少し泣いた後は、またいつものように
学校へ行き、友だちと遊んでふつうに過ごしていた。
しかしその恐怖と悲しみは、誰にも吐き出せずに
こころの奥へと追いやられてしまった・・・
というのは私の妄想にすぎませんが
そのことが賢治の深層に影響を与えていたのでは、
という気がしてなりません。

たしかに賢治は解離の素因を持っていたとも思いますが
それは賢治だけではなく
一般にも大なり小なりそのような素因を持つ人は
いるのかもしれません。

しかし、賢治の意識は、個にとどまることを嫌い
外の世界、つまり“みんな”へと、流れ出した。

(すべてがわたくしの中のみんなであるやうに
   みんなのおのおののなかのすべてですから)

賢治の孤独と悲しみは私が思っていた以上に深いのかもしれず
その苦しみを乗り越えて
「みんなの幸い」への祈りに昇華させようとした賢治。

そこが賢治が賢治であるところなんだと
改めて感じたのでした。
by signaless5 | 2010-01-31 13:11 |