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今朝、洗濯物を干していたら
雲ひとつない青空を
一陣の風がどぉっと音を立てて通り過ぎていきました。

「今のは、きっと、嘉内さんだっただろうか・・・」

手を止めて、私は空の遠くを見上げていました。


昭和12年2月8日の朝、
周囲の者が号泣する中で
「何を泣いているんだ。人は皆、こうして自然に還ってゆくのだ。」
という言葉をのこして
保阪嘉内は40年の生涯を閉じました。

人の最期の言葉というのは
その人をまるで象徴しているかのようです。

賢治は、父に
「国訳妙法蓮華経を一千部つくって知己の方々にあげて下さい。」
と頼み、後は何も言うことはないかと聞かれ
「後はまた起きてから書きます。」
と答えたそうです。

一見対照的な言葉です。

肉体が滅び土に還り風に溶ける・・・・ということは
自然の一部になって
いつも私たちのまわりにあるということ。

亡くなったひとの魂は、それを想う人の中で永遠にともにあり続ける、と
私は思っています。

思えば、私に、嘉内と賢治の本当の姿が見えてきたのは
一年と少し前、「直筆の73通の手紙」を見てからでした。
それからずいぶん嘉内のことはわかったつもりでいましたが
実はまだほんの入り口に立ったにすぎないのだと
最近では感じています。

もし、ふたりが長生きしていたら
もっとたくさんの仕事をし
すてきな“物語”を描いてくれたことでしょう。

でも、いつの日か必ず、他の人の手を借りて、それを形にして現してくれる、
あるいはふたたび生まれ変わって
その続きを描いてくれる・・・・私はそんな気がしてなりません。

恐らく無限であろう時間と空間の中で、
ふたつの魂と出会えたことに
奇跡を感じ、私は心から感謝をしています。


今日はきっと嘉内さんは
故郷の山や野原を
風になって駆けめぐっているのではないでしょうか。
そして「ちょっと足をのばしてみるかな・・・」と
私の方の上空まで、遊びに来たかもしれません。
by signaless5 | 2009-02-08 10:55 | 嘉内